日曜日は毎週午前10時から2時間、NHKテレビで将棋フォーカスと将棋トーナメントを視聴し、番組が終了する正午から家族全員で昼食を摂ります。今日は昼食を摂りながら東京都の近代史が話題になりましたが、公職に就いている長男も娘も「東京23区」についてはその位置やおおよその人口、それぞれの区が抱える問題などをほぼ知っているようで安心しました。しかしながら、長男も娘も「東京35区」は聞いたことがあるという程度でしたので、「35区」がそれぞれ現在のどの区になっているのかを教えた次第です。
私は若い頃から無線の歴史について調査していましたので、戦前の実験局の局名録の写しなどを頻繁に目にしています。そこにはかつて存在した「東京35区」の当時の区の名称を見つけることができます。ですので、「東京35区」当時の区の名称に親しみを感じますし、旧区名の方がより直観的に、具体的にどのあたりのことかを把握できることもあります。
↓ 戦前の無線実験局名録より
「麻布区」「本郷区」「深川区」といった現在では無い区名があります
↓ こちらもご覧ください
「淀橋区」「蒲田区」「神田区」「麹町区」「芝区」といった旧区名を見つけることができます。
↓ こちらは法人ではなく個人宅ですので所在地の一部を隠しています
「荏原区」「大森区」「浅草区」「小石川区」といった旧区名を見つけることができます。
どれも現在の「東京23区」には存在しない区の名称ですが、地名や駅名としてはしっかりと存在しています。
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東京府は1878年(明治11年)に15区と6郡に分けられまして、その際に「区」となったのは・・・
深川区、本所区、浅草区、日本橋区、下谷区、神田区、京橋区、本郷区、小石川区、麹町区、芝区、牛込区、赤坂区、四谷区、麻布区の15区です。これは現在の23区より狭い範囲で、かつて江戸と称していた地域のみでした。現在大きく栄えている池袋や新宿などは「区」ではなく「南豊島郡」でした。
この15区が「東京市」の下に置かれましたが、その後、東京市15区の周辺地域や郊外に多くの人々が住むようになり、1932年(昭和7年)に周辺地域を東京市に合併します。その際に新たに加わった区は・・・
江戸川区、葛飾区、城東区、向島区、足立区、荒川区、王子区、滝野川区、豊島区、淀橋区、渋谷区、(旧)品川区、荏原区、大森区、蒲田区、(旧)板橋区、中野区、世田谷区、目黒区、杉並区の20区です。(赤文字は現存する区)
終戦を経て、1947年(昭和22年)、戦災で亡くなった方や疎開で東京を離れた方が多く、東京の人口は350万人程度まで半減してしまったため、「区」の統廃合が行われました・・・
(旧)品川区+荏原区>>>品川区
となりました。これが現在の「東京23区」になっています。