埼玉在住中小企業勤務ダメ人間の思うところ・・・

日頃言いたくても言えないことを吐露します。不愉快に感じる方は読まないでください。

大学付属校のあまり知られていない事実

昨日の記事で大学の付属校について、意外な発見がいくつかあったと書きました。知らなかったのは私だけで世間では誰もが知っていることかもしれませんが、とにかく「大学付属校の意外な事実」を今日は2つ、明日も2つほど書かせてください。

 

1 明治大学には、かつて「離島」に付属校が存在していた。

昭和25年4月から昭和30年までの5年間、明治大学付属八丈島高等学校が存在していました。八王子の間違いではなく、八丈島です。

戦後、八丈島では高校の設置を望む声が高まり、島で人口が多かった大賀郷村と三根村との間で高校の誘致合戦が発生しました。大賀郷村に都立園芸高校八丈分校の設置が決まった後、三根村が独自に高校誘致運動を継続した結果、へき地教育に関心を寄せていた、明治大学の当時の総長が設置を決めたとのことです。

校歌・校旗ともに当時駿河台にあった付属明治高校と同一。明治大学への推薦制度もありました。違うのは駿河台の付属明治高校が当時は男子校だったのに対し、付属八丈島高校は男女共学だったこと。

離島にあるため、運営経費が重荷になりわずか5年で廃校になりました。卒業生326名。

Googleで明治大学 八丈島などと検索しますと関連サイトがいくつか見つかります。関心のある方はググってみてください。

 

2 法政一高、法政二高は知られていますが、かつて法政三高があった。

法政一高は現在、法政大学中学・高等学校に、法政二高は現在、法政大学第二中学・高等学校に改称しています。

法政大学第三中・高等学校は昭和23年から同30年まで、茨城県石岡市に存在しました。しかしながら立地が良くないため生徒確保が困難で、昭和30年3月に最後の卒業生を送り出してから廃校となりました。

戦時中に財団法人大日本飛行協会が設立した大日本飛行協会中央滑空訓練所という航空兵を養成する学校が法政三高の前身。跡地は法政大学が所有する石岡総合体育施設となっており、学生の合宿などに利用されています。

Googleで「法政三高」などと検索しますとヒットします。

 

明日は、中央大学高等学校慶應義塾志木高等学校について書かせていただきたいと思います。