埼玉在住中小企業勤務ダメ人間の思うところ・・・

日頃言いたくても言えないことを吐露します。不愉快に感じる方は読まないでください。

甲子園出場49校のうち41校の監督が私より若いのか・・・

標題の通りです。連日熱戦が繰り広げられている夏の甲子園出場49校の監督のうち、私(1963年=昭和38年生)より年配の監督がどれだけいるのか調べてみました。

結果、私より年配の監督がチームを率いているのは、わずか7校。霞ヶ浦(茨城)、市立習志野(千葉)、近江(滋賀)、履正社(大阪)、鳴門(徳島)、明徳義塾(高知)、筑陽学園(福岡)の監督だけでした。私と同世代は聖光学院(福島)の1校。それ以外の41校は私より若い監督がチームを率いています。

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小学校4年くらいから野球に関心を持ち、中学3年までは、高校野球の選手はみな私よりも年上のお兄さんで、憧れの対象でした。

私が高校に進学しますと、高校野球の選手は当然同年代となります。高校を卒業しますと、高校野球の選手はみな自分より若い人たちになります。

私が社会人になりますと、高校野球の選手は自分よりかなり若い人たちになり、自分と同年代の選手はプロ野球界で活躍し始めます。

1963年(昭和38年)生の男子は約80万人。その中でごく限られた一握りの野球選手が甲子園でプレーし、その中で選ばれたごくごく限られた選手だけに大学野球や社会人野球への門戸が開かれ、さらにその中の僅かな選手だけがプロ野球選手になることができます。そのわずかな一握りになった選手たちは本当に凄いと思い、30代になっても憧れや尊敬の念は消えることはありませんでした。

その頃になりますと、プロ野球選手にこそなれなかったものの、全国の高校で指導者となった人々が活躍し始めます。同世代の指導者が全国の高校で活躍しており、それはそれで嬉しく感じていました。

 

で、気づいたら、今年56才。改めて同世代や年配の監督がどれだけいるのか調べましたら、49校のうちわずか8校。約20年前に、ほぼすべての同世代の人々は選手としては引退してしまいましたが、指導者としては今でも3割くらいは活躍していると勝手に考えていましたので、やや残念な結果でした。指導者としても昭和30年代の人々は峠を越えてしまったのかと、寂しくなります。自分ではまだまだ若いつもりでしたが、高校野球の世界では指導者としての立場でもそろそろ退かなければならないようです。

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ついでに、49校の監督の出身大学(所属リーグ)も調べてみました。上位3リーグは以下の通りです。

1位 東都大学 11人(亜大2、立正、中大、青学、日大、国学、東洋、国士、順天、拓殖各1)

1位 首都大学 11人(日体5、筑波3、東海、大東、城西各1)

3位 東京六大学 4人(法政2、早大、明治各1)

優れた選手、実績のある選手を多数輩出する東都大学リーグ、教職員の採用実績が優れている日体大と筑波大を擁する首都大学リーグが圧倒的に多いです。次いで東京六大学リーグですが、人数は東都、首都に比べて少数派です。東京六大学の卒業生は高校野球の指導者ではなく、有名企業に就職する傾向が強いからではないかと考えています。