埼玉在住中小企業勤務ダメ人間の思うところ・・・

日頃言いたくても言えないことを吐露します。不愉快に感じる方は読まないでください。

現在の勤め先、明後日から20年目に突入します

現在の勤め先の会社には、平成12年(2000年)9月21日から勤めていますので、明日勤めますと、ちょうど勤続19年となり、明後日の9月21日(土曜日なので休日ですが・・・)からは、いよいよ20年目に突入します。

この先1年間勤めますと、ついに勤続20年となり、規程で定められた1週間のリフレッシュ休暇や祝い金10万円(だったかな?)をゲットできます。

こうしたご褒美がもらえますので、あと1年は頑張れそうですが、1年後にリフレッシュ休暇と祝い金をいただいた後は、今の住居である社宅に住む権利を維持するためだけに勤続するということになりますので、モチベーションの維持に苦労しそうです。

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19年前、2度勤めた銀行がいずれも経営破綻し、どこか勤め先を確保しようにもなかなか仕事が見つからなかったのですが、知人の口利きで今の勤め先に入社出来ました。しかしながら、初めて経験する一族支配の同族会社ですので、その雰囲気や体制に馴染めるのだろうかと心配し、相当の覚悟をして入社したことをハッキリと覚えています。当時私は37才。長男は5才、娘は1才。

とにかく、2人の子どもたちを一人前にして世に送り出すまでは、絶対に仕事を辞めるわけにはいかないと思っていましたが、なかなか会社の雰囲気に馴染めず、慢性の「辞めたい病」を頻繁に発症しながら、気付いたら19年経っていました。

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実は19年経った今でも馴染めないんです。「辞めたい病」は今も発症します。しかも長男と娘の2人とも勤め人になって、私に小遣いまでくれるので、勤労意欲も大いに減退しています。

それでも勤め続けているのは、勤め先の会社の従業員という立場を失うと、同時に社宅に住む権利を失うためです。

2人の子どもたちは幼いころからこの社宅に住み、この社宅から幼稚園、小学校、中学校、高等学校に通い、長男は公務員専門学校を経て国家公務員に、娘は高等学校卒業と同時に地方公務員になり、今もこの社宅に一緒に住み続けています。

民間企業の福利厚生施設である従業員社宅に居住する国家公務員と地方公務員の兄妹。全国的に見てもやや珍しいこうした構図を維持するために、世帯主である私が退職に踏み切れないといった事情もあります。

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まぁ、それにしても「馴染めないなぁ・・・」と呟きながら、よく19年も勤まったと改めて感心します。とにかく明日勤めて勤続19年とし、3連休明けから勤続20年目の第一歩を元気よく踏み出し、1年後にはリフレッシュ休暇と祝い金を気持ちよくゲットしたいと思う次第です。