埼玉在住中小企業勤務ダメ人間の思うところ・・・

日頃言いたくても言えないことを吐露します。不愉快に感じる方は読まないでください。

今日は電波の日、「総合通信局」の方々にはお世話になってます

今日、6月1日は電波の日です。

電波の日」は、昭和25年(1950年)6月1日に電波3法(電波法、放送法電波監理委員会設置法)が施行されたことを記念して、昭和26年(1951年)に電波監理委員会「電波記念日」として制定したものです。

私は昭和52年からアマチュア無線を趣味としていまして、今日まで約43年にわたり細々とではありますが電波を利用して遊んでいます。したがって一般の方よりは電波というものをより身近に感じております。

無線従事者国家試験の受験や無線従事者免許証の交付、アマチュア無線局の開設、変更、5年ごとの再免許など、さまざまな場面で「信越総合通信局」や「関東総合通信局」の方にはお世話になっております。(国家試験事務は後に公益財団法人日本無線協会に業務委託されました)

総合通信局」に初めてお世話になったのは、昭和52年春の電話級アマチュア無線技士国家試験を受験する際に受験願書を送付した時です。当時は「総合通信局」ではなく「電波監理局」と称していました。

↓ 昭和52年4月の電話級アマチュア無線技士国家試験の受験票と結果通知書

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受験票、合格通知、ともに差出人は信越電波監理局長」です。

その後、国家試験の受験を趣味としていた時期があり、「電波法」「政令電波法施行令」に規定する無線従事者免許は8種類取得しました(^^)

↓ この8種類ですが、難易度の高い免許はありません

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ただ、第二級アマチュア無線技士だけは文系の私にはやや難しく感じました。合格したときは嬉しかったです。

 

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前述の通り、無線従事者免許証の交付やアマチュア無線局の変更や5年ごとの再免許の際には、総合通信局のお世話になっていますが、最初にお世話になった当時の「電波監理局」という呼称が最もなじみがあり、今でも電波監理局の略称の「電監(でんかん)」を使い続けています。一定以上の年齢のアマチュア無線家でそういう方は多いのではないかと思います。

 

現在の総合通信局になる前は「電気通信監理局」で、その前が「電波理局」、さらにその前に遡りますと「電波理局」、そして逓信局」となります。時系列で示しますと・・・

 

大正時代末期?~昭和24年5月       逓信局(逓信省所管)

昭和24年6月~昭和25年5月       電波理局(電気通信省所管)

昭和25年6月~昭和27年7月       電波理局(総理府所管)

昭和27年8月~昭和60年3月       電波監理局(郵政省所管)

昭和60年4月~平成13年1月       電気通信監理局(郵政省所管)

平成13年1月~現在            総合通信局(総務省所管)

 

このように電波行政の窓口となっている役所は時代とともに移管や改称で変わっています。

↓ 私の手許の無線局免許状も・・・

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古いものから信越電波監理局長」、「信越電気通信監理局長」、「信越総合通信局長」と変化しています。

昭和25年6月から約35年間使われてきた「電波監理局」という名称がやはり一番親しみを感じます。

 

電波の日」とはいえ、一般の方には全く面白くない駄文を書き連ねてしまいました・・・。反省します・・・(><)