埼玉在住中小企業勤務ダメ人間の思うところ・・・

日頃言いたくても言えないことを吐露します。不愉快に感じる方は読まないでください。

過去記事アーカイブス ~平成31年1月8日~

1週間前の12月31日の投稿でもお知らせいたしましたが、今年は過去に投稿した記事を再度掲載することといたしました。

今日の記事は854回目の投稿ですが、過去に投稿した記事の中には、まだ読者数が少なかったり、読者の方が時を経て入れ替わったりしていまして、現在親しくしてくださっている方々の目に触れていない埋もれた記事がたくさんあります。そうした記事に改めて注目していただきたいと考えた次第です。

長期間にわたってはてなブログで活躍されている方ですと、見覚えがある記事に出くわすことになるかもしれませんが、そこはご容赦下されば幸いです。

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本日は、平成31年(2019年)1月8日に投稿しました「毎年この時期 昭和から平成への改元 を思い出します」という記事です。通算304回目の投稿で、当時の読者数は34名、スターをつけて下さった方は5名ですが、5名の方全て現在も投稿を続け、息の長い活躍をされています。

 

それでは平成31年(2019年)1月8日の「毎年この時期 昭和から平成への改元 を思い出します」のアーカイブスです・・・

 

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毎年この時期「昭和から平成への改元」を思い出します

 

昨日は1月7日、今日は1月8日。今も思い出すのは30年前。「昭和64年1月7日」の昭和最後の日と「平成元年1月8日」の平成最初の日です。

昭和64年1月7日は土曜日。私は銀行に勤めていましたが当時の銀行は完全週休2日制ではなく、第2土曜日と第4土曜日だけが休業日で、第1土曜日と第3土曜日、第5土曜日は営業日でした。営業日といっても店舗が開いているのは正午までの半日営業です。

したがってこの日は第1土曜日で通常の営業日。午前8時頃に銀行の店舗に着きますと、何やら慌ただしい雰囲気。すぐに昭和天皇崩御されたと聞かされ、緊急の朝礼が開かれました。

「店舗の照明は最小限とし、暗くすること」

「男性職員は黒の弔事用ネクタイ着用」

「業務に必要な最小限の会話のみとし、雑談は厳禁」

などの申し合わせがありました。照明を落とした薄暗い店舗での3時間の営業時間、来店されるお客さまと最小限必要な会話のみを小声で交わす異様な光景です。

実はこの日の3か月くらい前から、男性職員は弔事用の黒色ネクタイを用意しており、この日に備えていました。半年くらい前からNHKテレビは「終夜放送」で皇居二重橋の静止画と静かな調べの音楽を放送し続け、時々アナウンサーが昭和天皇の容態の変化(血圧の変化や下血の有無など)を伝えていたと記憶しています。私も読書に夢中になって夜遅くなった際に、NHKテレビから1時間に1度程度伝えられる陛下の容態に耳を傾け、ご回復を祈っていました。

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多くの国民が陛下のご回復を祈っておりましたが、昭和64年1月7日午前6時33分に崩御されました。

当然ですが、新聞各社から号外が発行されました。朝日新聞の縮刷版が手元にありますのでご覧いただきたいと思います。

↓ 昭和天皇崩御を報じる号外

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↓ アサヒイブニングニュース(英字新聞)の号外

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午後になりますと、新しい元号「平成」を報じる号外が配布されます。

↓ 「平成」を報じる号外

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「昭和から平成」に改元することになった、この年の1月7日と1月8日はあまりにも衝撃的な出来事だっただけに鮮明に記憶しております。ただ当日のテレビ放送を録画したビデオテープが手元にある膨大な量のビデオテープの中のどれなのかが判らなくなっており、当日のテレビ放送の様子を振り返ることができません。同年2月24日の「大喪の礼」を録画したビデオテープは発見できました。

毎年1月7日、1月8日になりますと必ずこの衝撃的な出来事を思い出します。私は昭和62年4月から勤め人になっていますので、ギリギリ昭和時代でも1年9か月勤め人を経験しています。平成の30年間は最初から最後まで勤め人。そしてあと4か月しますと勤め人として3つ目の元号に入ります。怠け者のダメ人間でありながら、3つの元号にわたり勤め人として過ごしてこれたことは幸運なことだったと改めて感じます。

 

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以上が2年前の投稿記事でした。

 

最近になって、部屋の片づけをしていましたら、平成元年1月8日の日本経済新聞朝刊が見つかりました。

↓ 1面

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↓ 2面 新元号は「平成」に決まりましたが、修文や正化も候補に挙がっていました

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↓ 社会面

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 若い方々にとっては大昔のことのように感じられるかもしれませんが、私はつい最近のことのように感じます。

 

↓ 昭和天皇のご最期は「苦しみ少なく」「燃え尽きるように」とのこと・・・

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↓ 当時もクレーマーっていたんですね・・・

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以上、過去記事と新たに発見した日本経済新聞の記事を紹介しました。当時の私は25才、社会人2年目。都市銀行の独身寮に住み日本経済新聞のみ購読。一般紙は駅売店で都度買っていました。

 

本日もお読みくださりありがとうございました(^^)