埼玉在住中小企業勤務ダメ人間の思うところ・・・

日頃言いたくても言えないことを吐露します。不愉快に感じる方は読まないでください。

行ってきました! 下御隠殿橋(しもごいんでんばし)!!

昨日(11月28日・土曜日)、私用でさいたま市浦和区まで出かけてきましたが、そのついでに少しだけ東京都内に足を運び、JR日暮里駅近くにある「下御隠殿橋(しもごいんでんばし)」に行ってまいりました。

「下御隠殿橋」って、初めて聞く方もいらっしゃるかと思いますが、鉄道好きの方々には非常によく知られており、橋の下を、山手線、京浜東北線、東北・上越方面の新幹線、高崎線宇都宮線常磐線京成電鉄の上下線の電車がビュンビュンと走り抜けて行く様子を見ることができるビュースポットです。

JR日暮里駅北側改札からは徒歩30秒ほどで「下御隠殿橋」に到着します。

 

↓ 見たところ、どこにでもある橋のように見えますが・・・

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↓ 「下御隠殿橋」と堂々とした揮毫の橋名板もがあります

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↓ 橋の下を眺める人々が10人くらい・・・

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↓ 下御隠殿橋には「トレインミュージアム」と称するバルコニーが設置されています

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この「トレインミュージアム」と呼ばれるバルコニーが、眼下を走り抜ける電車が最もよく観ることができるスポットらしいのですが、ここでなくても十分楽しめます。

 

↓ 橋の下に目をやると、新幹線と宇都宮線が走り抜けます

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この下御隠殿橋の下を通過する電車は1日約2500本。1分間に2本のペースで電車が通過しますので、計算上は常に電車を観ていることになります。

 

↓ とは言っても、全く電車が見えず閑散とするときもありますが・・・(^^)

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↓ 逆に複数の電車が同時に通過するときは、こんな写真が簡単に撮れます

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事前に調査して臨めば、もっと多くの電車が同時に通過する瞬間や、珍しい電車、人気のある電車を撮影できたかと思います。私は鉄道にそれほど詳しくありませんので、ただ単に走り抜けて行くさまざまな種類の電車をボーーーッと眺めているだけで十分満足できました。

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下御隠殿橋は特別な施設ではなく、一般的な橋ですのでいつでも無料で楽しめます。これから行かれる方は、電車の撮影に夢中になるあまり、眼鏡やデジカメ、スマートフォンなどを橋から落下させることのないようご留意いただけますようお願いいたします。

半月前ですが、戦没プロ野球選手「鎮魂の碑」を訪ねました

11月25日のプロ野球日本シリーズ第4戦でソフトバンクホークスが日本一に輝き、2020年のプロ野球の公式戦、クライマックスシリーズ(パ・リーグのみ)、日本シリーズの全試合日程が終了しました。

今年は新型コロナウイルス感染拡大のため、セ・パ両リーグともに公式戦の開幕が6月19日となり、その後も無観客試合だったり、入場者数を5千人に制限したりと、異例ずくめのペナントレースとなってしまいました。

新型コロナウイルスの感染拡大の状況が悪化すれば、最悪の場合はプロ野球公式戦の中断の可能性もあったと思うのですが、11月25日を以て予定されていた全ての日程を終了し、ホッとしました。

プロ野球を運営する立場でもなんでもない、単なる一野球ファンの私でさえも全日程を無事に消化できたことで安堵していますので、プロ野球機構や球団などの運営に携わり、苦労続きだった方々は、全ての日程を終えた今、ようやく安堵のため息をついていらっしゃることと察します。

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実は11月11日に東京ドーム敷地内にある、戦没プロ野球選手の「鎮魂の碑」を訪れました。

この日はセ・パ両リーグともに公式戦やクライマックスシリーズの僅かな日程を残すのみで、その後に行われる日本シリーズさえ無事に終われば、コロナ禍で開催さえ危ぶまれて異例なことが目立った今年のプロ野球の全日程は無事に終了できるといった状況でした。

プロ野球繁栄の礎を築きながら戦争に散華した英霊に、この日までプロ野球中断という憂き目にあうことなく日程を消化できたことに感謝するとともに、残り少ない今年のプロ野球の全日程が無事に終了するまで見守って下さるよう祈ってまいりました。

 

↓ 戦没プロ野球選手の「鎮魂の碑」

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東京ドーム21番ゲートの前にある、富坂警察署東京ドーム警備派出所の前の階段を下りるとすぐに見つかります。

 

↓ 向かって右側の石碑

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第二次世界大戦で出征し若い命を落とした73名のプロ野球選手の名が刻まれています。

↓ 向かって左側の石碑

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プロ野球選手でただ一人特攻隊で戦死した、名古屋軍の石丸進一選手の実兄・石丸藤吉氏(名古屋軍~松竹、平成3年没)による追悼文。この碑が建立された昭和56年4月当時セ・リーグ会長だった鈴木龍二氏による建立趣旨文などが刻まれています。

 

コロナ禍で苦境に立たされたプロ野球界が、無事に全日程をやり遂げることができたのは、73名の英霊が見守って下さったからではないかと思えてなりません。

本日(11月25日)の午前9時36分に・・・・・・・

令和2年(2020年)は9割を終え、1割を残すだけとなります。

 

改めて申し上げるまでもないのですが、今年は閏年ですので366日あるのですが、その9割の時点がいつなのかを計算してみますと・・・

366×0.9=329.4日となります。

1月1日から数えて329日目が11月24日ですので、その翌日の11月25日の4割を経過した時点を導き出します・・・

24時間(1日)×0.4=9.6時間経過した時点、午前9時を回って0.6時間後ですので

60分(1時間)×0.6=36分

したがって、今日(11月25日)の午前9時36分になった瞬間に、今年(令和2年=2020年)の残りが1割を切ります。

 

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新型コロナウイルスが猛威を振るった令和2年(2020年)は残り1割。新しい年は間もなくやってきます。私はすでに「今年は終わったような気分」に浸り始めています。明日あたりから職場ではお取引先の方々などに・・・

「本年もお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。来年の西暦2021は素数っぽく見えますよね、でも素数じゃないんです、43×47です。アハハ・・・」などと挨拶してみようかな・・・(^^)

 

なお、今年の7割を過ぎた9月13日にも今日と似たような記事を投稿していました。記憶に残っている方はいらっしゃいますでしょうか?

 

↓ 9月13日の記事「2020年(令和2年)も7割が過ぎました・・・」

saitama-dame.hatenablog.com

 

それでは、はてなブログの仲間のみなさま、本年は大変にお世話になりました。来年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。なお、年内は12月31日まで「奇数の日」に投稿を続けますので、あと18回投稿いたします。

新年最初の投稿は1月1日に始まり、以降も「奇数の日」に投稿いたします。来年もどうかお立ち寄りくださるようお願い申し上げます。

半世紀以上変わらぬパッケージが嬉しい!カワイ肝油!

この3連休は、新型コロナウィルスの感染者数が全国的に増加傾向にあることから、私はできるだけNot Go To トラベル」「Not Go To イート」に努めました。

3連休初日の土曜日の午前中は休日出勤をしましたが、昨日の日曜日はNHK杯の将棋中継(藤井二冠×木村九段戦)を観戦したり、テレビで都市対抗野球の観戦や読書を楽しんだりして過ごし、今日も将棋A級順位戦(羽生九段×佐藤九段)をAbemaTVで観戦しながら、自宅からは久し振りとなる無線の交信を20局ほどやり、どこにも遊びに出かけなかった割には充実した連休になりました。将棋A級順位戦は今も熱戦が続いていまして、観戦しながらブログを書いています。

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ただ、テレビやパソコンのモニターを長時間見続けていたためか、眼精疲労と目の充血がありましたので、近くのドラッグストアで点眼薬を購入してきました。

で、その際にドラッグストアで、懐かしいパッケージ缶を発見しました。「カワイ肝油ドロップS」です。

 

↓ これです 半世紀以上変わらぬパッケージ缶が嬉しい~!懐かしい~(^^)

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↓ 缶の裏面 缶はタテ高さ約13cm、幅約10cm、厚さ約5.5cm

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↓ 中身(肝油)を引っ張り出してみました。丁寧な説明書きもあります

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私が小学校に入学したのはちょうど50年前の昭和45年(1970年)です。念のため申し上げておきますが、私は学校給食であの脱脂粉乳を見たことや飲んだことはありません。私が小学校に入学する2~3年前までは脱脂粉乳と牛乳を混ぜ合わせた「委託乳」が給食で出されていたらしいと噂では聞いたことがありますが、私は脱脂粉乳も委託乳も知らない世代です。私の学校給食は牛乳(ガラス壜に入っていましたが)の世代です。この点では平成生まれの若い世代の方と全く同じです\(^o^)/

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ただやはり、50年前に小学校に入学した当時は現在のような飽食の時代とは異なり、栄養不足や栄養のバランスがとれていない児童が一定数いまして、私が通っていた小学校では給食の際に「肝油」が全ての児童に配給されていました。おそらく日本中の小中学校や幼稚園で配給されていたと思います。

夏季休暇など、学校が長期の休みとなる前には、休暇中も家庭で「肝油」を摂取できるようにと、このパッケージ缶の肝油が学校から斡旋されており、毎年1缶か2缶購入していました。

50年前と変わらぬパッケージ缶。今では珍しい白黒の顔写真。缶のオモテ面は必要最小限の文字の表記だけの素朴なデザイン。半世紀以上も変わらぬデザインを維持してこられた、河合製薬株式会社さん、河合薬業株式会社さんの、伝統を頑(かたく)なに守り続ける姿勢に敬意を表したいと思います。

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半世紀以上変わらぬパッケージ缶のカワイ肝油ドロップSですが、全国の薬局、ドラッグストアで入手できます。ネット通販などでも簡単に買えると思います。

缶パッケージだけでなく、肝油ドロップそのものも懐かしさがいっぱい。甘いバナナ味でグミのような歯応えや、表面に塗(まぶ)された砂糖のザラつきを、数十年以上の時を経ても舌や歯がはっきりと憶えていました。

このパッケージ缶の白黒写真のモデルの健康優良児っぽい少年ですが、半世紀以上前に撮った写真ですので、現在ではすでに還暦を過ぎているのではないかと思われます。この伝統のパッケージを今後も永く使い続けていただきたいです。

子どものころに不足する栄養を補い成長を支えてくれたカワイ肝油ドロップSを、これからは衰え始めた身体にビタミンAやビタミンDを補う目的で利用させていただこうと思います。

第91回都市対抗野球大会が明日開幕します・・・

3連休初日の今日、午前は自ら望んで休日出勤をしまして、溜まっていた事務処理を一気に片付けてきました\(^o^)/

しかも今日は休日出勤をしたいと所属長に願い出て承認を得ていましたので、休日出勤手当が支給されま~す\(^o^)/

正午まで仕事をし、帰宅後昼食を摂りましたら、急に睡魔に襲われ、夕刻までグッスリと寝てしまいました~\(^o^)/

その後、書店に出掛けて、アマチュア無線や野球、将棋などの雑誌類を買い込んで先ほどまで熟読してました\(^o^)/

気が付いたらもう「奇数の日」の午後9時を回っていましたが、まだ今日のブログを書いていませんでした~\(^o^)/

それでも、気持ちにゆとりがあるのは、明日も明後日も休日だからですね。3連休嬉しいですね。最高です。\(^o^)/

 

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さて、本日の投稿です。

例年ですと7月下旬に東京ドームで開催され、「真夏の球宴という異名を持つ、都市対抗野球大会が明日開幕します。コロナ禍の影響で日程が大幅にずれ込み、今年は「初冬の球宴になってしまいました。

今日開幕したプロ野球日本シリーズの日程に都市対抗野球の日程が重なってしまう珍事となりまして、人々の注目がプロ野球に向いてしまうのではないかと、アマチュア野球ファンの私はやや残念に感じますが、コロナ禍の中で大会が開催できるだけでもよかったと素直に喜びたいと思います。

 

↓ 第91回都市対抗野球大会公式ガイドブック。書店で簡単に入手できます

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先ほど少し触れましたが、私はプロ野球にも注目していますが、それ以上にアマチュア野球に関心があります。関心がある順位をつけてみますと・・・

 

1位 大学硬式野球(六大学、東都、関西学生など都市部から地方の大学野球まで)

2位 社会人野球(都市対抗野球社会人野球日本選手権、全日本クラブ野球など)

3位 高校野球(春のセンバツ夏の甲子園神宮大会、国体、地方大会など)

4位 プロ野球メジャーリーグ

5位 高校軟式、大学軟式、社会人軟式(特に官公庁野球大会推しです)

6位 地方独立リーグ、女子野球など

7位 韓国・台湾のプロ野球、オリンピックやWBCなどの国際試合

 

こんなところでしょうか。私の興味や関心がどこにあるのかをランク付けしただけですので、野球そのもののレベルが高いとか低いとか、面白いとか面白くないといったランキングではありません。誤解されませんよう・・・。

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で、明日開幕する都市対抗野球ですが、昭和62年(1987年)に当時勤務していた会社が出場し、たまたま日曜日が試合日程になったため、後楽園球場に応援に参加したことがあります。私は埼玉県内の支店に勤務していましたが、会社の本店は札幌市ですので都市対抗野球では「札幌市」での出場です。

その前年まで、東京六大学野球連盟に所属する大学で学び、4年間神宮球場に通い詰めてほぼ全ての試合を観戦、応援したのが楽しかったため、勤め人になっても勤め先企業の野球チームの応援がしたくて、社会人野球の強豪チームを擁する企業に就職しました。

大学野球は春と秋のリーグ戦ですので、年間20試合以上は楽しめるのに対し、社会人野球はトーナメント戦のため1度負けたらそこで終了。しかも勤め人になったら、大学生の頃とは違って、試合日程がたまたま日曜日にならない限り球場には応援に行けないので、大学野球ほど熱中できませんでした。それでも毎年都市対抗野球の季節になると嬉しくなります。

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都市対抗野球の仕組み、歴史や沿革、出場チームなどを説明しますと膨大な記事になりますので、興味のある方はWikipediaやJABA(日本野球連盟)のサイトでお調べいただければ幸いです。

今日は都市対抗野球の豆知識だけを記します。

昭和2年(1927年)に始まり、今年で91回目となる都市対抗野球大会ですが、本大会に一度も出場したことが無い「県」が3つあります。

その3県は、山梨県福井県島根県です。

山梨県には、山梨球友クラブや甲斐府中クラブなどしっかりしたチームはありますが、西関東予選で神奈川県の東芝やENEOSといったプロ並みの力を持った超強豪チームがとてつもなく高いカベとなっており、東京ドームの都市対抗野球本大会出場に至っていません。

福井県には福井ミリオンドリームズというクラブチームがあり、ここ数年は強豪企業チームとも互角に戦っています。福井県から初の都市対抗野球本大会出場が大いに期待されます。

島根県にもMJG島根という社会人クラブチーム(三原住設工業がスポンサー)があります。すでに中国・四国地区の社会人クラブチームの強豪として知られる存在になっており、島根県初の東京ドーム出場を、私は勝手に期待しています。

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さぁ、明日も明後日も休み!三連休サイコー\(^o^)/

プロ野球・年間42勝投手の単年勝敗を「単純見える化」

コロナ禍の影響で、今年のプロ野球は一体どうなるのかと思われましたが、セ・パ両リーグともに6月19日に開幕し、パ・リーグは11月9日、セ・リーグは11月14日に公式戦全日程を終えました。両リーグともに、例年よりは試合数が少ないものの、この異常な環境の中で、各球団が途中で頓挫することなく、120試合を行うことができたことは快挙だと考えております。

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例年とは異質な環境下で、しかも試合数が例年より15%くらい少ないため、珍しい記録が発生するかと期待していましたが、概ね予想の範囲内で、腰を抜かすほどビックリするような記録はありませんでした。

強いてあげれば、パ・リーグ最多勝利のタイトルを11勝の3投手(ソフトバンクの千賀投手と石川投手、楽天の涌井投手)が獲得したことですが、例年より試合数が少ない上に、選手らを取り巻く環境そのものが異様な中での11勝は立派な記録だと思います。

 

ここで、プロ野球の初年から今年まで85年間(1945年は戦争でプロ野球は中止)の最多勝利投手が何勝だったのかをまとめてみます。単純化を図るため、最多勝利投手名や負け数は省略しております。

 

◎ 1リーグ時代

1936年秋  13勝

1937年春  24勝

1937年秋  15勝

1938年春  14勝

1938年秋  19勝

1939年   42勝

1940年   38勝

1941年   30勝  

1942年   40勝

1943年   34勝

1944年   22勝

1946年   30勝

1947年   30勝

1948年   27勝

1949年   27勝

◎2リーグ制 セ・リーグ  パ・リーグ

1950年   39勝    26勝

1951年   28勝    24勝

1952年   33勝    23勝

1953年   27勝    24勝

1954年   32勝    26勝

1955年   30勝    24勝

1956年   27勝    29勝

1957年   28勝    35勝

1958年   31勝    33勝

1959年   27勝    38勝

1960年   29勝    33勝

1961年   35勝    42勝

1962年   30勝    28勝

1963年   30勝    28勝

1964年   29勝    30勝

1965年   25勝    27勝

1966年   24勝    25勝

1967年   29勝    23勝

1968年   25勝    31勝

1969年   22勝    24勝

1970年   25勝    25勝

1971年   17勝    24勝

1972年   26勝    20勝

1973年   24勝    21勝

1974年   20勝    16勝

1975年   20勝    23勝

1976年   20勝    26勝

1977年   20勝    20勝

1978年   17勝    25勝

1979年   22勝    21勝

1980年   16勝    22勝

1981年   20勝    19勝

1982年   20勝    20勝

1983年   18勝    18勝

1984年   17勝    21勝

1985年   17勝    21勝

1986年   18勝    16勝

1987年   17勝    19勝

1988年   18勝    15勝

1989年   20勝    19勝

1990年   20勝    18勝

1991年   17勝    17勝

1992年   17勝    18勝

1993年   17勝    17勝

1994年   19勝    15勝

1995年   18勝    16勝

1996年   16勝    17勝

1997年   18勝    15勝

1998年   17勝    13勝

1999年   20勝    16勝

2000年   14勝    14勝

2001年   14勝    15勝

2002年   17勝    17勝

2003年   20勝    20勝

2004年   17勝    15勝

2005年   15勝    18勝

2006年   17勝    18勝

2007年   16勝    17勝

2008年   17勝    21勝

2009年   16勝    16勝

2010年   15勝    17勝

2011年   18勝    19勝

2012年   15勝    17勝

2013年   16勝    24勝

2014年   13勝    16勝

2015年   15勝    15勝

2016年   16勝    15勝

2017年   17勝    16勝

2018年   15勝    16勝

2019年   15勝    15勝

2020年   14勝    11勝

 

各年度によって試合数が異なったりしますが、最多勝利投手になるには、1940~1950年代は30~35勝、1960年代は25~30勝、1970年代は20~25勝、1980年代は18~20勝、1990年代は15~20勝を挙げる必要がありました。そして2000年以降は15勝を上回れば最多勝利投手になれる可能性がかなり高くなっています。

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過去の投手が現在の投手より優れていたということではなく、投手の登板ローテーション制の確立などの戦略、投手起用そのものが時代とともに変化したためこのような結果になっているものと思います。野球は時代とともに変化し進化しています。

 

しかしながら、日本プロ野球記録である年間42勝の投手って、1年間どのように勝ち星を重ねていったんだろう・・・?と興味を持ち、「勝利投手」か「敗戦投手」になった日のみに的を絞った一覧表をまとめました。対戦相手チームとか、得点スコアとか、投球イニング数などを全て省略し、これ以上ないくらい単純化しました。

 

1年間に42勝した投手は2人いまして、1939年のスタルヒン投手(巨人)と1961年の稲尾和久投手(西鉄)です。

 

↓ 最初に1939年のスタルヒン投手 〇=勝利投手 =敗戦投手

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1939年のプロ野球は春期(3月18日~5月30日)、夏期(6月7日~8月27日)、秋期(9月6日~11月16日)の3期制。各期で優勝チームが表彰されますが、各期の優勝チーム(春:阪急、夏:タイガース、秋:巨人)が年度優勝決定戦を行うのではなく、単純に年間の勝敗で年度優勝を決めました。年度優勝は巨人(66勝26敗4分)。その66勝のうち42勝をスタルヒン投手が占めました。

巨人は3月18日から11月16日まで8か月で96試合を行いましたが、7月の日程が極端に少なく5試合しか消化してません。

この年のスタルヒン投手の成績は68試合に登板しそのうち先発が41試合で完投が38試合。458回1/3投げて、42勝15敗、防御率1.73。

「単純見える化」した一覧表から、毎月コンスタントに勝ち星を積み上げていることが判ります。それにしてもチームの年間試合数が96試合で42勝とは・・・、まさに空前絶後の記録です。

 

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↓ 次に1961年の稲尾和久投手 〇=勝利投手 =敗戦投手

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この年のパ・リーグは140試合制。稲尾投手が所属する西鉄ライオンズは81勝56敗3分、勝率.589の好成績ながら3位。優勝は南海、2位は東映

稲尾投手は78試合に登板し、そのうち先発は30試合で完投が25試合。投球回数は404回で、42勝14敗、防御率1.69。先発、救援のどちらでもフル回転していたことが判ります。

7月中旬から下旬にかけて登板間隔が空いているように見える時期がありますが、オールスターゲームで公式戦が中断した時期(7月17日~21日まで)があり、その後7月22日と27日に救援と抑えで登板し、チームは勝利しましたが稲尾投手に勝ちがつかなかった試合があります。

「単純見える化」した一覧表に目をやりますと、6月の7勝無敗、8月下旬の1週間で4勝、10月1日のダブルヘッダーで2勝が目を引きます。

「今年の漢字」に応募したい5つの漢字・・・・・

毎年この時期になりますと、今年の漢字が気になってきます。

今年の漢字」とは、1995年から始まった公益財団法人日本漢字能力検定協会のキャンペーン行事で、投票(応募)により、その年の世相を表す漢字1文字を決めるものです。

投票(応募)で最も多くの票を集めた漢字が今年の漢字となり、原則として毎年「漢字の日」である12月12日の午後、京都市にある清水寺で発表されます。清水寺貫主(住職)が巨大な和紙に巨大な筆で揮毫する場面をテレビなどでご覧になったことがある方も多いと思います。毎年12月12日が楽しみなんです~(^^)

 

↓ 日本漢字能力検定協会のサイトから気軽に投票(応募)できます

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ここで「今年の漢字」キャンペーンが始まった平成7年(1995年)から昨年までの25年間の今年の漢字を振り返ってみましょう。

平成7年(1995年)・・・・

平成8年(1996年)・・・・

平成9年(1997年)・・・・

平成10年(1998年)・・・

平成11年(1999年)・・・

平成12年(2000年)・・・

平成13年(2001年)・・・

平成14年(2002年)・・・

平成15年(2003年)・・・

平成16年(2004年)・・・

平成17年(2005年)・・・

平成18年(2006年)・・・

平成19年(2007年)・・・

平成20年(2008年)・・・

平成21年(2009年)・・・

平成22年(2010年)・・・

平成23年(2011年)・・・

平成24年(2012年)・・・

平成25年(2013年)・・・

平成26年(2014年)・・・

平成27年(2015年)・・・

平成28年(2016年)・・・

平成29年(2017年)・・・

平成30年(2018年)・・・

令和元年(2019年)・・・・

 

こうして振り返りますと、それぞれの年の世相を端的に表していると感じます。大地震があったとか、大規模倒産が重なったとか、猛暑が印象に残ったとか、その漢字を見ると当時のことが思い出されます。また、オリンピックイヤーに「金」が3回も選ばれています。同じ漢字でも得票数が多ければ何度でも「今年の漢字」に選ばれます。

 

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それでは、「今年の漢字」に私が投票したい漢字5つを記したいと思います。

 

 文字通り「新型コロナウイルス」に支配されてしまった1年

覆 世界中がコロナウイルスに覆われ、人々の口や鼻もマスクで覆われ・・・

 ソーシャルディスタンス、さらに政権や政府と庶民の間にも意識の隔たりが

距 前項の「隔」とほぼ同じ

禍 自然災害が多発した年の「災」とは異なり、こちらの「わざわい」

 

 

この5つの漢字に1票ずつ投じたいと思います。これ以外にも、「枷」とか「煽」とか「闇」とか「堕」とか「獄」とか「鬼」も考えたのですが、1票を投じるほどでもないかな・・・。

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ウケ狙いでこの漢字を推そうかと思ったりしましたが・・・

↓ さんずい に 密 いわゆる「3密」ですね・・・(^^)

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あ、でも、わが国では殆ど使われない漢字だそうで・・・バカバカしいので止めときます。

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最後に余談なんですが、今年のようにあまりにも酷い年で、多くの人々がユウウツな気分となり、「鬱」という画数が多い漢字が最多得票となってしまった場合、清水寺貫主(住職)は例年通り、巨大な和紙に巨大な筆で揮毫できるのでしょうか? それともその年に限っては細い筆を用意するのかな??

毎年こんなことばかり考えてマス(^^)

「埼玉新都市交通伊奈線」終着駅の、その先を見に行く

11月11日(水曜日)に、ゆりかもめ東京臨海新交通臨海線の終着駅(豊洲駅)のその先にある「線路の終わり」を、一昨日(11月13日・金曜日)には、日暮里・舎人ライナーの終着駅(見沼代親水公園駅)のその先にある「線路の終わり」を紹介しました。

本日は、大宮駅から内宿駅(埼玉県北足立郡伊奈町)までの12.7kmを結ぶ、埼玉新都市交通伊奈線(愛称:ニューシャトル)の終着駅のその先にある「線路の終わり」を見に行きます。

 

↓ 埼玉新都市交通伊奈線(愛称:ニューシャトル)の終着駅、内宿駅

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終着駅ですので次の駅は無く、破線が記されています。

 

↓ 終点内宿駅到着。ホームからは乗務員の方が利用する休憩所らしき建物が見えます

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ゆりかもめ日暮里・舎人ライナーは自動運転で運転士さん不在でしたが、この埼玉新都市交通伊奈線は運転士さん1名が乗務しています。

終着駅である内宿駅ですが、多くの車両を停めておく車両基地のようなものは無く、到着した車両はそのまま大宮方面に戻るだけです。

 

↓ 内宿駅ホームから見える「線路の終わり」の標識

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↓ 複線ですので、もう一方の「線路の終わり」を示す標識

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この埼玉新都市交通伊奈線の隣(向かって右側)には、上越新幹線北陸新幹線の高架橋があります。

↓ 内宿駅にはこの2000系電車に乗ってきました

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運転士さん1名のみが乗務していますので「ワンマン」の標示があります

↓ この日は1050系の車両も見ることができました。

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この2種類の車両に加えて、最新の2020系の車両も運転されていますが、この日は見ることができませんでした。

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さて、内宿駅を出て、地上から見た「線路の終わり」の現場を撮影します。

↓ 豊洲駅周辺のような賑わいはありません。誰もいないので閑散としています

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↓ 埼玉新都市交通伊奈線の線路はここで切れます。

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↓ 近づいて撮影します

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↓ 少し離れた位置から撮影。右に内宿駅のホームが見えます

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↓ 雑草が生い茂っていて橋脚には近づけないですね

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↓ 線路の末端を正面から撮影

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↓ 末端の橋脚に貼られてある銘板

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望遠撮影ですのでやや鮮明さに欠けますが、辛うじて内容の確認はできます。基礎根入がスラブ下端から9.38mにも及ぶとは知りませんでした。また、しゅん功から37年経っているんですね。

 

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東京と埼玉にある案内軌条式鉄道(AGT)3路線について、その終着駅の、その先にある「線路の終わり」の現場を見てきました。これまで興味はあっても地図や写真でしか見たことがなかった場所を実際に訪れることができて大満足でした。また派生的に、日暮里・舎人ライナーの回では、東京都と埼玉県の都県境も観察できました。「端」や「境界」に興味を抱く私の、ちょっと変わった小旅行に、3回にわたってお付き合いいただきましたみなさまには御礼を申し上げます。

「日暮里・舎人ライナー」終着駅の、その先を見に行く・・・

一昨日の投稿で、ゆりかもめ東京臨海新交通臨海線の終着駅である豊洲駅の、その先にある「線路の終わり」を紹介しました。

本日は、東京都交通局が運営する、日暮里・舎人ライナー(にっぽり・とねりライナー)の終着駅の見沼代親水公園駅の、その先にある「線路の終わり」の現場を紹介します。

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↓ 日暮里・舎人ライナーの日暮里駅(始発)から乗車します

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終着駅の見沼代親水公園駅まで9.7km、約20分です。

 

↓ まもなく終点の見沼代親水公園駅に到着します

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一昨日紹介した「ゆりかもめ」も、この「日暮里・舎人ライナー」も無人自動運転。つまり運転士さんがいませんので、先頭車両の最前列の席も乗客が自由に座ることができます。ですのでこのような写真が撮り放題です(^^)

 

↓ 見沼代親水公園駅構内から見た「線路の終わり」を示す標識

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↓ 複線ですので、もう一方線路にも「線路の終わり」を示す標識があります

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駅から出て、地上からは「線路の終わり」はどうなっているのかを見に行きます。

↓ 駅周辺の案内図

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この案内図は、右が北、上が西、左が南、下が東です。

見沼代親水公園駅から右(つまりは北)に300mほど歩きますと都県境があり、目の前が埼玉県なんです。そして、この駅は「東京23区最北端の駅」としても知られています。

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では早速、地上から見た「線路の終わり」の様子を見に行きましょう。

 

↓ 見えてきました、終着駅の向こうにある「線路の終わり」。線路の西側から撮影

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↓ 橋脚はベニヤ板、走行路も保護材で覆われているようです

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↓ やや正面寄りからも撮影。都道58号線(尾久橋通り)の真上に堂々と聳える線路

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↓ 少し離れて撮影

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↓ 続いて線路の東側から撮影

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↓ 実際に現地で見ますとさらに迫力を感じます

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↓ 埼玉県内への伸延も検討されており、この先に線路が建設される日が来るかも・・

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日暮里・舎人ライナーの終着駅である、見沼代親水公園駅のその先にある「線路の終わり」をご覧いただきました。ここからはこぼれ話です・・・。

前述の通り、この駅から300mほど歩きますと東京都(足立区)と埼玉県(草加市)の都県境があります。

↓ 左端に「埼玉県」右端に「東京都」の標示。見えますか?

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↓ 青いが私の位置、都県境に立っています。スマホの電池の減りが速い・・・

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↓ 恐らく「東京23区最北端」にある商業施設、埼玉ダイハツ販売草加南店さん

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この地点から西に向かって歩きますと、ここより40mほど北まで東京都のところも部分的にありますが、住宅や駐車場しかなく、この埼玉ダイハツ販売草加南店さんが、東京23区内にある「店舗」「お店」といった数えきれないくらいたくさんある商業施設の中で最も北に位置するのではないかと考えられます。

埼玉ダイハツ販売草加店」さんは埼玉県草加市にあるお店かと思われそうですが、お店のホームページを確認しましたら、所在地は東京都足立区舎人4丁目で、電話番号の市外局番も「03」です。面白い事例です。

鉄道路線の末端や県境などにはこうした珍しい事例や例外的なものが見つかります。ブログをやっている方には、こうしたことに関心を寄せて下さる方が比較的多いように感じます。気のせいかな・・・

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で、明後日(11月15日)は、終着駅のその先にある「線路の終わり」で、埼玉新都市交通伊奈線(ニューシャトル)の終着駅である、内宿(うちじゅく)駅を訪れます。次回もご覧いただけますと嬉しいです(^^)

「ゆりかもめ」終着駅の、その先を見に行く・・・・・

今日11月11日(水曜日)は、睡眠時無呼吸症候群の通院加療のため有給休暇を取得しまして東京都内におりました。診療が終わった後は、せっかく高い交通費をかけて東京都内に来ているのでそのまま帰ってしまっては交通費が勿体ないので、日頃気になっているスポットを訪ねてきました。

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首都圏にお住いの方でしたら、新橋~豊洲(14.7km)を結ぶ、ゆりかもめ(正式名称:ゆりかもめ東京臨海新交通臨海線)を利用したことがある方が多いのではないかと思います。

ゆりかもめの沿線には、お台場や東京ビッグサイトなどがありますので、私も1年間に数回程度ですが利用させていただいております。

ゆりかもめは、専用高架軌道(地面の上に線路を敷くのではなく、地上10~15mにコンクリート製の走行路を設ける)を走行しますので、終着駅(豊洲駅)の、さらにその先のレールが切れる現場がどうなっているのかが気になり、本日行ってまいりました。

 

↓ 終着駅(豊洲駅)から見える「線路の終わり」を示す標識

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↓ 複線なのでもう一方の「線路の終わり」を示す標識

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豊洲駅で下車して、この「線路の終わり」が地上ではどのように見えるのかを確かめてきました。

 

↓ ゆりかもめ豊洲駅周辺の案内図。「現在地」のすぐ右で線路がブッツリ切れてます

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↓ そして地上から見た、ゆりかもめの「線路の終わり」はこちらです

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都道484号線(豊洲有明線)の真上にドーンとせり出しています。実際に目の前で見ますとかなりの迫力、威圧感を感じます。

 

↓ さまざまな位置、さまざまな角度から撮影しましたのでご覧ください

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日頃見慣れている方々には何でもない景色なんだろうと思いますが、初めて見る私にはビックリする風景でした。都道484号線(豊洲有明線)と晴海通りとが交差する豊洲駅前交差点が目の前にあり、多くの自動車、多くの歩行者が行き来する賑やかな場所だけに、線路の末端部分の存在感がさらに強調されているように感じます。

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私、個人的には非常にいいものを見せてもらったと感じ、この後は東京メトロ豊洲駅からJR日暮里駅に向かい、「日暮里舎人ライナー」の終着駅である見沼代親水公園駅の、その先にある「線路の終わり」を見に行き、さらにその後には埼玉県の大宮~内宿を結ぶ埼玉新都市交通伊奈線(ニューシャトル)の終着駅である内宿駅の、その先にある「線路の終わり」を見てきました。

今日1日で3つの高架軌道線の終着駅のその先にある「線路の終わり」を撮影してきました。

本日は、ゆりかもめ東京臨海新交通臨海線を紹介しました。

明後日(11月13日)は、東京都交通局日暮里・舎人ライナーの終着駅の、その先を・・・

その次(11月15日)は、埼玉新都市交通伊奈線(ニューシャトル)の終着駅の、その先を紹介します。

 

家族からは、駅の終点の写真のどこがそんなに面白いの? と不思議に思われていますが・・・、お付き合いいただければ嬉しいです(^^)