埼玉在住中小企業勤務ダメ人間の思うところ・・・

日頃言いたくても言えないことを吐露します。不愉快に感じる方は読まないでください。

勤め人になって34回目の4月1日を迎えました・・・

昨日の続きのようになりますが、昭和62年4月1日に勤め人になって33年が経ち、今日から「社会人34年目」に入ります。毎年のことですが、4月1日には特別な緊張感があります。

 

勤め人になった34年前の4月1日に、札幌市で撮影した新入社員の集合写真を発見しましたので、ご覧いただこうかと思います。

↓ この写真です・・・

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34年経過していますし、この写真では個人が特定できませんし、すでに消滅した会社ですので、ブログに掲載しても差し支えないものと判断しました。

記憶がやや曖昧なんですが、前日の3月31日に飛行機で札幌入りした私は、この研修所に到着して一夜を過ごし、翌4月1日の朝から札幌市中央区にある本店で入社式を行い、午後は入社式を終えた全新入社員がこの研修所の正面入り口前に集められて記念撮影をしたんじゃなかったかと思います。

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実は私は前日の3月31日に初めて北海道にやってきたんですが、北海道の気候をナメていたためにひどい目に遭うことになります・・・

「いくら北海道でも、4月になろうという時期だからポカポカ陽気だろう・・・」などと考えてコートなど着ないで、しかも冬用のスーツではなく、やや服地が薄い春用のスーツを着て東京から飛行機に搭乗したんです。しかし・・・

新千歳空港に到着した瞬間、ものすごい吹雪を目の当たりにして慌てます。外気温はマイナス6度。これまで経験したことの無い寒さ・・・・(><)。

私のほかにも、北海道以外の出身者の何人かは同じように薄手のスーツで気軽な気持ちで東京から北海道にやってきていまして、吹雪の中ガクガクブルブル震えながら宿泊する予定の研修所を目指して半泣き状態で歩いていました。

北海道の気候は関東圏とは全然違うことを身を以て感じ、今でもテレビで放送されている全国の天気予報を視ますと、北海道の天気や関東との気温差を最初に確認します。

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この写真が撮影された昭和62年4月には、スマートフォンはもちろん、携帯電話も無い時代。「Twitter」も「Facebook」も「LINE」もありません。「Youtube」も無ければ「Wikipedia」もありません。辛うじてワープロ専用機があった程度。

そんな時代に社会人生活をスタートしているためか、毎日メールの着信をチェックする習慣さえ無く、SNSなんか全然使えない我々のような世代は、若い方々の足を引っ張って、老害」と後ろ指を差されないうちに早々に引退するべきかな・・・、と34回目の4月1日を迎えて考えたりもします(^^)

令和元年(平成31年)度も最後まで勤め上げました・・・

今日、3月31日は令和元年(平成31年)度の最終日です。

今年度の途中の5月1日から改元があり、「平成」から「令和」に代りました。今年度は、5月1日以降は、単に「令和元年度」と表記すればいいのですが、勤め先の私の手元の帳簿などのファイルは・・・・

自 平成31年4月1日  至 令和2年3月31日

と記してありますので、今日の記事のタイトルなどは必要ないと解っていてもあえて「令和元年(平成31年)度」などと、諄(くど)い言い回しにしています。

今日を最後に、僅かに残っていた「平成」から続いているものが全て消えてしまうような気がして、何ともいえない寂しさを感じます。

 

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私は学卒後、昭和62年4月1日に社会人の仲間入りを果たし、初めて迎えた年度末は昭和63年3月31日でした。その後何社か勤め先を遷り変わっていますが、一貫して「3月決算」企業に勤めていまして、今日は33回目の3月31日です。

ギリギリ「昭和」でも勤め人をやり、「昭和」の時代でも年度末を経験しています。

 

昭和62年4月1日~昭和64年1月7日  (年度末を 1回経験)

平成 元年1月8日~平成31年4月30日 (年度末を31回経験)

令和 元年5月1日~平成 2年3月31日 (年度末を 1回経験)

改めて調べてみましたら、3月31日の年度末は33回のうち31回は「平成」の時代だったんです。

「年度末」を33回経験しましたが、毎年「年度末」を迎えますと、来年度で辞めよう・・・、などと「引き際」ばかり考えてしまいます・・・。

 

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昨年の3月31日は、「年度末」であるだけでなく、翌日(4月1日)に新しい元号が発表になるとのことで、非常にワクワクしていました。

 

↓ 昨年3月31日のブログ記事。この日は日曜日でした

saitama-dame.hatenablog.com

そして翌日、菅官房長官が新しい元号を発表しました。

↓ あれから間もなく1年が経つんですね

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1年前には、今のような伝染病の感染拡大で世の中がメチャクチャになるなど考えてもいませんでした(><)

あ、スミマセン、話題が横道に逸れました・・・。

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明日4月1日は「奇数の日」ですので、投稿いたします。明日もどうかこのブログにお立ち寄りくださいますようお願いいたします。

外出自粛で一日中イタリア、スペイン、米国のTV視聴

週末の休日はあっという間に終わり、明日からまた家族4人全員が出勤です。私と妻は埼玉県内の居住地の市内での勤務で、徒歩や自転車で通勤できるのですが、長男と娘は満員電車で毎日東京都内に通勤していますので、ウイルス感染が心配です。

私も3月23日のブログでもお知らせしましたように、勤め先の事業所を訪れる不特定多数の人々と最初に接触する立場にありますので感染リスクが高く、本当に怖いです。

普段ですと「明日から仕事で嫌だなぁ・・・」と感じる程度ですが、今は「明日から仕事、1週間家族全員感染せずに乗り切れますように・・・」と祈るような気持ちです。

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県知事から外出自粛の指示があり、降雪もありましたので、朝に食糧調達で短時間の買い物をした後は1日中部屋に閉じこもっていました。

日本国内でもコロナウイルスが徐々に感染拡大しており、いずれは欧米並みの状況になるのではないかと感じ、現在のイタリア、スペイン、米国の様子を現地のニュース番組で確認しました。

 

最初に視聴したのはイタリア放送協会(RAI)のニュースチャンネル。この放送局はイタリアの国有企業で日本のNHKのような位置づけです。

↓ ここをクリックしますと「RaiNews」にリンクします

www.rainews.it↓ RaiNewsのトップページ。右上の赤い「LIVE」をクリックすると視聴できます

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↓ イタリア語が解らなくても、切羽詰まった状況は伝わってきます

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次にスペイン。スペイン放送協会(RTVE)のニュースチャンネル。この放送局も国有企業で、日本のNHKのような性質の公共放送局です。

↓ ここをクリックしますと「RTVE.es」にリンクします

www.rtve.es↓ スペインのRTVEのトップページ

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↓ トップページ上部の黒色の帯から「24horas」をクリックします

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↓ ニュース番組のスタジオ

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↓ ペドロ・サンチェス首相もコメント

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↓ 混乱する現場の様子・・・

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スペイン語は解りませんが、ものすごい緊迫感がビシビシ伝わってきます。

 

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最後に米国ABC Newsです。ABC Newsは英語放送ですので、ある程度は理解できます。

 

↓ ここをクリックしますと「ABC News」にリンクします 

abcnews.go.com

↓ ABC Newsのトップページ

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↓ 「LIVE」をクリックします

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↓ リアルタイムで「米国の今」を知ることができます

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米国でも「若者に警告」をしてますね・・・。

↓ トップページから「CORONAVIRUS」をクリックすると・・・

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↓ 短時間の映像ニュースをいくつも視聴できます

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↓ 米国だけではなく、欧州の様子も報道されています(イタリアで1万人死亡の報道)

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あと2週間くらいしますと、日本でもイタリアやスペイン、米国のような大変な状況を迎えることになるのでしょうか?

いやいや、なんとかここで踏みとどまってほしい・・・、と願いながら一日中この国々のニュース番組を眺めて過ごしました。

今夜は職場の花見~当然ですが私は不参加です

標題の通りです。

勤め先の事業所構内には見事な桜の木があり、毎年この時期(3月の最終金曜日または4月の第1金曜日)には花見が催されます。

↓ 事業所構内に咲く見事な桜

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3月最終金曜日の今日、例年通り構内で花見が催されました。

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世界中でコロナウイルスの感染が拡大し、イタリア、英国、米国などの大変な状況が連日報道され、東京、千葉、埼玉、神奈川、山梨の1都5県の知事からの共同メッセージとして、不要不急の外出やイベントの自粛要請が出ている中での花見の決行には賛成も理解もできません。私が社長だったら、従業員の感染リスクに加え、近隣住民の目も気になりますので「花見の中止」を命じていたと思います。

幸いなことに、私には花見への参加を呼び掛ける人はいませんでしたので、花見が開始する午後5時半ごろに帰宅できました。

今週に入ってから、事務所や事務室、工場のドアノブやカウンターを2時間ごとにアルコール消毒をして、コロナウイルスの社内での感染を防ごうとしているいる私の姿を見ていた人々は、私が「明らかに花見には反対」の立場をとっていると感じたのかと思います。私に対して「声を掛けない」「誘わない」という思い遣りには感謝します。

 

私は参加しませんので、「花見をやるべきではない」と考えてはいますが、花見を公園等で行ったわけではなく、事業所の構内でのことでもあり、決行した人々を痛烈に批判する必要まではないと思います。

 

ハイ、花見の話題はここまで!

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前述の通り、今日の花見は私には関係ないことになりましたが、過去には似たようなことで非常にイヤな思いをし、今なおそのイヤな思いを引きずっている出来事がありました。31年前のことです。

昭和64年1月7日(土曜日)、昭和天皇崩御の日のことです。当時の私は大手銀行の地方の支店に勤める社会人2年目の職員で、まだ25才でした。

そのころは完全週休2日制ではなく、第1、第3、第5土曜日は午前のみ営業していました。1月の第1土曜日だった1月7日の午前6時33分に昭和天皇崩御されましたが、支店は朝9時から正午までは店舗の照明を暗くし、会話も小さい声で最小限に抑えて通常通りの営業をしていました。

この日の午後は、前年末から支店長宅(社宅)で新年会を催すことに決まっていましたが、さすがに天皇陛下崩御の当日の新年会は中止だろうと思っていました。

ところが、この支店の人々はこのような非常時にも何の躊躇もなく平然と新年会を決行したのです。その感覚に驚かされました。

支店長宅に集まった30人近くの職員は、日本中が悲しみに昏れているのにも全く関係なく、数時間にわたって大酒を飲み、大声で笑い、ドンチャカドンチャカ大騒ぎ。

泥酔した人々は「暑いから窓を開けろ!」と叫び出しまして、窓を開けると、外には近隣に住む人々が、必要最小限の食料品などを買い求めていそいそと家に帰るところでしたが、銀行の社宅から轟きわたる騒々しい笑い声に気づき天皇陛下崩御の日になんという不敬! ここは本当に銀行の社宅なのか?」といった表情で社宅の中を覗いているではありませんか。路上で唖然とする人々と目が合った時の恥ずかしさは今でもはっきりと記憶しています。

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私だって「昭和天皇崩御」「昭和最後の日」「新しい元号」をテレビ、ラジオ各社がどのように報道するのかをしっかり記憶に留めたかったのですが、まだ2年目の新米職員ですので、支店長や管理職の方々が「新年会でドンチャン騒ぎをやるんだ!」と決めたら、それに抗うことなどできるはずがありません。

もしも私が当時の支店長だったならば「みなさん、今日は新年会の予定でしたが、天皇陛下崩御されましたので新年会は中止にします。今日が昭和最後の日になりますので、みなさんのこれまでの歩みと昭和という時代を重ね合わせながら振り返ってみてください」と話して職員を少しでも早く帰宅させたと思います。

あの狂気の沙汰ともいえる「新年会の決行」と近隣住民の「驚きと軽蔑が入り混じった眼差し」は今でも忘れることができませんし、今でも皇室関連の報道があると、この31年前のことを思い出し、皇室の方々に本当に申し訳ないことをしたとの気持ちが湧いてきます。

↓ ドンチャン騒ぎの翌日の日本経済新聞朝刊

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「平成最初の日」は日曜日。当時独身寮に住んでいた私は独りこの新聞に目を通しながらそれまでの25年の歩みと昭和という時代を重ね合わせながら振り返りましたが、「昭和の最後の日」にドンチャン騒ぎの汚点を残してしまったことを悔やんでいました。

今日の朝日新聞朝刊に「大関昇進基準」のナイスな記事が

今日(3月25日)の朝日新聞の朝刊21面に、大相撲の大関昇進「目安」って?と題した記事が掲載されていました。

春場所11勝を挙げて大関昇進となった朝乃山が直近3場所の勝ち星が32勝で、昇進の目安とされる33勝に及ばなかったことを指摘する声があったためにこのような記事が載ったのではないかと思います。

↓ この記事です。私も同意します。

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この30年くらいは、大関に昇進となりそうな力士が現れますと、三役で3場所の勝ち星が33勝という目安が独り歩きするようになり、昭和40年代~50年代、あるいはそれ以前から大相撲を観てきたファンにとってはやや違和感があるのではないかと思っています。

今年1月13日に、このブログでもこの内容を取り上げています。

↓ この記事です

saitama-dame.hatenablog.com

1月13日のブログ記事と、今日の朝日新聞朝刊の記事の内容は概ね一致します。新聞記事では・・・

「33勝という目安はメディアが言っているだけ」とした境川審判部長代理の見解

「明確な数字を決めてしまうと、ぎくしゃくしてしまう」とした元大関増位山(沢田昇さん)の見解

「朝乃山が春場所で10勝5敗で3場所31勝だったとしても大関に上げていいと考えていた」という元NHKアナウンサー杉山邦博さんの見解が掲載されていましたが、全て同意します。

特に杉山邦博さんの「仮に10勝5敗でも大関に・・・」というご意見は、私が場所前から考えていたことと全く一致しますので、嬉々として読ませていただきました。

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これはあくまで私の記憶なんですが、大関昇進の基準や目安は昭和61年から急に厳しくなったように思います。

昭和61年初場所(1月)~名古屋場所(7月)までの4場所は、北天佑大乃国、北尾(後の双羽黒)、朝潮若嶋津の5人の大関がいました。そんな中で、関脇の保志(後の北勝海=現在の八角理事長)が活躍します。

 

◎ 保志の昭和61年星取表

1 月 東関脇  〇〇〇〇〇〇〇●●●●●●  8勝7敗

3 月 西関脇  〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇●   13勝2敗 優勝

5 月 東関脇  〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇   11勝4敗 昇進見送り

優勝を含めて3場所で32勝を挙げましたが、すでに大関が5人いるため、通常ならば大関に昇進できる成績でも昇進を見送られました。その際に大関に昇進するには3場所で32勝では不十分なのか・・・」という空気が流れ、それをマスコミが「3場所33勝が相撲協会が示した大関昇進基準」と解釈し、以降の大関昇進の際に持ち出してきたように記憶しています。

保志は次の7月場所で・・・

7 月 東関脇 〇〇〇〇〇〇〇〇●●〇〇〇〇  12勝3敗

このような好成績を挙げ、直近3場所で36勝。すでにいた5人の大関のうち北尾(双羽黒)が横綱に昇進して大関が4人になり、保志が大関に昇進しても5大関となりましたが、仮に保志の大関昇進大関になる状況だったとしても、3場所36勝(しかも優勝もしている)での昇進見送りにはしなかったと思います。

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次に、大関昇進問題で思い出す出来事を書きます。昭和46年~47年の関脇長谷川の星取表をご覧ください

 

◎ 長谷川の昭和46年~47年の星取表

46年11月 西関脇   〇〇〇〇●●〇〇〇●●●●  8勝7敗

47年 1月 東張出関脇 〇●●〇〇〇〇〇●●〇〇〇〇 10勝5敗

47年 3月 東関脇   〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 12勝3敗 優勝

 

3場所合計30勝、優勝もしています。当然大関に昇進すると思われましたが、昇進は見送りとなり、ファンも関係者も、そして何より本人が驚きました。当時4人いた大関が成績不振で、「大関」に対する風当たりが強まったことも昇進見送りの一因と思われます。

現在の「3場所33勝」というマスコミ由来の目安が独り歩きし、32勝での昇進でもケチがつく時代ですと、3場所30勝での大関昇進は考えられないと思いますが、当時はこの成績(3場所30勝)で大関昇進を逃したことに驚いていたんです。

↓ 昭和50年代中頃の相撲雑誌。3場所30勝で大関昇進見送りを意外視する論調

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↓ 当時は3場所30勝くらいでの大関昇進は珍しくなかった

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当時を知るファンにとっては「3場所33勝」の目安だけが絶対視されることを不快に感じているのではないかと思います。私もその一人。

今日の朝日新聞朝刊の記事は、30年以上続く大関昇進には33勝が絶対必要」とする流れに一石を投じるナイスな記事だと思います。

社内でコロナ感染リスクが最も高いのは私かな・・・

3連休の直後の月曜日の今日は、朝からユウウツでしたが何とか一日乗り切りました。まもなく勤め人になって33年経過しますが、今でも月曜日の朝は極端に緊張し、金曜日の夜は嬉しくて上機嫌になってしまいます。

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連日報道されているコロナウイルスですが、わたしが居住する自治体(市)でもついに感染者が発生し、近隣の市や町でも幾人もの感染者が見つかっています。

ふと考えたのですが、勤め先の会社(事務所+工場)には60~70人くらいの役職員がいるのですが、コロナウイルスに感染する可能性が最も高いのは客観的に見ますと私なのだろうと思います。

勤め先の事務所での私の定位置は工場側の来訪者受付窓口を兼ねていますので、毎日多くの方が訪れます。原材料や資材・消耗品の納品、宅配便や郵便の配達や集荷、機械装置や車両等の修理や点検、出来上がった製品の積み込み運搬、産業廃棄物や資源ごみの引き渡しなどなど・・・。

次から次へと多くの人がやってきますが、マスク着用で来られる方は殆どいません。私もマスクの入手ができませんので、無防備の状態でさまざまな方面から来られる方々と至近距離での対面で応対することになります。

受領印の押印やサインを書く場面があったり、図面の説明、物品の授受などがありますので、1メートル以上離れて・・・なんてことはできません。伝染病が蔓延しているこの時期に、不特定多数の人々と接触するのは非常に怖いです。

来訪される方の中には、声が大きい人や、口から唾液の飛沫がポンポンと飛び出してくる人もいますので、本当に恐ろしいです。冗談ではなく一日中ビビリまくりです。平静を装いながら、呼吸を止めていることもあります。

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こうした状況なので、勤め先の事業所の60~70人の中で最初にコロナウイルスに感染するのは私になるのではないかと本気で心配しています。

心配のあまり、今日からは来訪者受付カウンターやドアのノブ、不特定多数の方が使うボールペンなどをアルコールで拭いて滅菌することにしまして、始業時、午前10時の休憩時間、昼休み、午後3時の休憩時間、夕方5時の業務終了時の5回、丹念にエタノールでの拭き掃除を繰り返しました。さらに明日からは換気も徹底して行いたいと考えています。

とにかくできることから着手して、コロナウイルスに感染しないよう努めたいと思います。

 

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そんな妙な緊張感から解き放たれて、今夜はコインで遊んでいます。

関連記事ですが、1月31日のブログでは「令和2年のミントセット」を紹介しました。

↓ この記事です

saitama-dame.hatenablog.com

↓ ミントセットは毎年造幣局から買っています。これは令和2年の硬貨のセットです

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で、今夜は1円から500円までの6種類を「発行初年の硬貨」でミントセットのように並べてみました。

↓ これです。「6種の発行初年セットは意外と売れるのでは・・・(^^)

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  1円=昭和30年

  5円=昭和24年

 10円=昭和26年

 50円=昭和42年

100円=昭和42年

500円=昭和57年

そして中央には過去のミントセットの造幣局の銘板

 

この中で、5円硬貨は昭和34年から字体が楷書からゴシックに変わり。「日本「日本に変わっています。

また10円硬貨は昭和34年から周囲のギザが無くなります。

500円硬貨の材質は平成12年からニッケルを減らし亜鉛を加え、偽造防止のためにデザインが僅かに変更されています。

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1円から500円まで、どれも最初に発行された年の硬貨は殆ど市中に流通していませんので、もしも普段の生活の中での金銭授受などでこの年号の硬貨が手に入ったら、その日は大変に幸運な日だと思います。可能性として一番高いのは100円と50円。次いで10円でしょうか。それ以外の3種類は1年間で1回見かけることができるかどうかといったところではないかと考えます。

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明日も一日、コロナ感染に怯えながらご来訪の方々を迎えます(><) 怖いなぁ・・・

今の勤め先、勤続20年まであと半年・・・

標題の通りです。

今の勤め先には平成12年(2000年)9月21日からお世話になっていまして、あと半年勤めますと勤続20年となります。

就業規則では勤続20年に達しますと、祝い金(10万円)とリフレッシュ休暇(15日)が与えられることになっています。祝い金は問題なくいただけるようですが、リフレッシュ休暇は取得している人を見たことがなく、休暇の権利を何年も延長の申請を繰り返して維持しているだけのようです。

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現在の勤め先にお世話になるまでの殆どの時期を1部上場の銀行(都市銀行第二地銀)に奉職していましたが、そのどちらも経営破綻してしまい、20年前に現在の勤め先に職を求めることになったのですが、上場企業と中小同族会社の職場環境や慣習、そこに集う人々の能力や性格があまりにも違うために戸惑ってしまい、2年くらいの「腰かけ就職」にしようと考えていましたが、気が付いたら19年半も勤めていました。

ここまできましたら、あと半年は辛抱して祝い金の10万円をいただきたいものです。

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この19年半を振り返りますと、まともな会社ではありえない奇妙な出来事に何度も遭遇しています。ここでは5つ披露します。

 

1.本人に通知なしで解雇されている

 私は当初、勤め先の企業グループの親会社に採用され、勤務していましたが、何の予告もなしに、いや予告どころか一切の通知もなく親会社を解雇され、子会社に転籍されていました。何も知らされていない状態で、総務担当者から子会社を勤務先とする「健康保険証」を手渡されたときはビックリしました。この中小同族会社グループでは親会社の退職手続きと子会社の入社手続きは、本人に一切通知しないで勝手に進めているんです。知らないうちに「転職回数」が1つ増えてしまいガッカリしました。冒頭で勤続20年と申し上げましたが、1社での期間ではなく、親会社6年半と子会社13年半の通算期間です。

 

2.予告なしに降格させられる

 まともな会社でしたら、役職を解く際には事前にその理由を本人に伝え、問題点の改善が見られない場合にやむなく降格とするケースがあるかと思いますが、私の場合はある日突然社長や役員に呼び出され、「キミには役職を下りてもらう」といきなり通告されました。11年前のことです。降格の理由などなく、ただ単に気に食わないから降格という形の「粛清」。正義感や責任感が強く、様々な国家資格などを持つ職員の発言力が大きくなることを嫌うことから、何人かの職員が「粛清」されています。降格から11年経ちますが、今なお復権に至っていません。

 

3.個人的に就業規則の例外適用を通告される

 前項で役職を外され、月額27000円の役職手当が減給となりましたので、仕方なく毎月27000円分の残業を申請してその手当で減った役職手当の穴埋めをしてましたが、数か月経ったある日、突然社長や役員に呼び出され、「最近残業申請をしているようだが何のつもりだ、お前にだけは払わない」と一方的に通告され、私にだけは残業手当を支払わないことになりました。

 

4.社宅の賃料の値上げも事前通告なし

 今も社宅に住んでいますが、10年くらい前に月額40000円だった賃料が48000円に上がった際、社宅を管轄している総務課からは何ら通告が無く、ある日職員組合の執行委員のある職員から廊下での立ち話で「来月から社宅の家賃上げるって言ってた」と伝えられこれまたビックリしたことがありました。前述の役職手当27000円の減給と社宅賃料8000円の値上げで、実質毎月35000円の減給となり、当時はかなり生活が苦しくなりました。経営一族に嫌われてしまうと、このようにジリジリと生活を脅かされることになります。

 

5.国家資格を取得すればするほど敬遠される

 金融業界から製造工場への転身ですので、工場で働くために必要な知識を得るために「第1種衛生管理者」「衛生工学衛生管理者」「騒音振動関係公害防止管理者」「第二種作業環境測定士」「貨物・旅客運行管理者」「甲種危険物取扱者」「毒物劇物取扱責任者」などの国家資格を取得したのですが、それも気に食わないようで、この事業所の安全衛生委員会のメンバーに一度も召集されたことはありません。これまで独学で学んできたことを活かし、有資格者の立場で事業所で働く労働者の危険や健康障害を防止し、交通安全推進にも寄与したいと願っていましたが、それは困るようで、そのような機会は一切与えられませんでした。

 

このように、一族支配の同族会社では通常考えられないことが当たり前のように起こります。20年近くお世話になった会社ですので悪口は言いたくないのですが、個人的に目の敵にされ続けた経緯や背景があり、怨念が感謝を上回ります。

幻となった「第92回選抜高校野球大会」・・・

本来ならば今日3月19日は、第92回選抜高校野球大会の開幕日でしたが、コロナウイルス感染拡大のため、大会は中止になってしまいました。

選抜高校野球大会毎日新聞社(と日本高等学校野球連盟)が主催していますので、主催会社から発売されているサンデー毎日増刊 センバツ 公式ガイドブック」を毎年購読しています。

大会が中止になった今年も購読しています。

↓ 「幻の第92回大会」の公式ガイドブック

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昨日の夕刻の時点ではまだ書店の店頭にありましたし、今(3月19日午後10時)もamazonでは在庫があるようですので、入手はラクにできるようです。

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夏の甲子園大会は、過去に米騒動で中止になったり、「戦争」で中止や中断になったことはありますし、春の選抜大会も「戦争」で昭和17年から21年までは中断していたことはあります。

日本史の教科書に載るくらい大きな出来事だった「米騒動」や「戦争」でもなければ甲子園での高校野球が中止になることなどないはずでしたが、それに匹敵する出来事が今年は起きてしまったんですね。

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甲子園ではないのですが、学生野球の大会が中止になった出来事は32年前にありました。

毎年11月に明治神宮野球場で行われている、明治神宮野球大会昭和63年の第19回明治神宮野球大会が、「昭和天皇御不例のため中止」となっています。

↓ 公益財団法人日本学生野球協会サイトの明治神宮大会(高校の部)歴代優勝校一覧

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↑ 左が優勝校で右が準優勝校

昭和63年(第19回大会)は中止になっています。昭和63年の秋は、昭和天皇の御病気が悪化し、予断を許さない状態になったため、明治天皇昭憲皇太后を祀る明治神宮が主催する「明治神宮野球大会」を開催することはできなかったんです。年配の野球ファンのみなさまには思い出していただけましたでしょうか。

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さて、今年のセンバツの話題に戻ります。コロナ禍により中止になった今大会に出場が決まっていた選手、関係者のみなさまには、あまりにもお気の毒でかける言葉も見当たりません。

気持ちを切り替えて夏の甲子園を目指すのもよいと思いますし、さらに先を見据えて、大学野球で「神宮の星」を目指していただきたいとも思っています。

本音を申し上げますと、高校野球の選手の方々には、明治神宮野球場で春と秋に行われている東京六大学野球で活躍してほしいのですが、高校野球の選手が進学先の大学を選ぶ場合、高校の監督の出身大学に進むケースがかなり多いように感じます。今大会出場するはずだった32校の監督のうち大学を卒業した28名の出身大学が、大学野球のどのリーグに加盟しているのかを調べてみました。

 

1位 東都大学野球連盟  5名 (立正 国士 亜大 日大 拓殖)

1位 首都大学野球連盟  5名 (日体4 東海)

3位 東京六大学野球連盟 4名 (早大 明治 法政 慶應)

4位 札幌学生野球連盟  2名 (酪農 札幌)

4位 仙台六大学野球連盟 2名 (東北福祉2)

4位 関甲新学生野球連盟 2名 (関東学園 山梨学院)

4位 関西学生野球連盟  2名 (関大 立命)

8位 北東北大学野球連盟 1名 (八戸)

8位 東京新大学野球連盟 1名 (東京電機)

8位 愛知大学野球連盟  1名 (中京)

8位 関西六大学野球連盟 1名 (大阪学院)

8位 阪神大学野球連盟  1名 (大阪体育)

8位 四国地区大学野球連 1名 (松山)

※大学で硬式野球部ではなく、軟式野球部準硬式野球部に所属していた方もいらっしゃいます。

 

以上のように、今大会に出場するはずだった高校の監督の出身大学は予想以上に広い範囲にわたっています。主力選手は監督自身の出身大学に送り込むのでしょうか。この調査では、東都の名門である駒沢、東洋、専修、中央などが無いのは意外に感じましたし、例年ですと地方公立高校の監督が地元の国立大学出身である場合が目立つのですが、今大会は大卒監督は全て私立大学出身で、国立大学出身は0人でした。

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ついでに、監督がどの教科の教諭であるのかも調べてみました。

 

1位 社会科  9名

2位 保健体育 8名

3位 商業   2名

4位 農業   1名

4位 情報   1名

4位 数学   1名

「数学」が目を引きますが、磐城高校の木村監督(先生)です。進学校の数学の先生ですからハイレベルな授業をされているのではないかと思います。野球部の監督と数学教師の二刀流。これはスゴイと思います。

先生ではない監督もいます。学校事務6名、非常勤講師や嘱託など3名、不明が1名でした。毎年のことですが、社会科と保健体育の先生が圧倒的に多いです。音楽とか美術の先生は見たことがありません。

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さて、32校のうち28校の監督が大学卒で4名が高卒なんですが、その高卒4人がスゴイ顔ぶれです。

◎天理  中村良二監督 天理高で夏の甲子園優勝。近鉄阪神で11年間プレー

智辯和歌山 中谷仁監督 智辯和歌山夏の甲子園優勝。阪神楽天~巨人で

       11年プレー

創成館 稙田龍生監督 別府大付高~九州三菱自動車。同社監督で日本選手権8強

鹿児島城西 佐々木誠監督 水島工高から南海・ダイエー~西武~阪神で16年間

       プレー。首位打者1回、盗塁王2回、ベストナイン6回、ゴールデン

       グラブ4回。

4名のうち3名がプロ野球経験があり、1名が社会人野球で非常に優れた実績を残しています。それにしても、プロ野球でタイトル獲得経験があり、野球ファンならば誰でも知っているスター選手から直接指導を受けられるのは本当にスゴイことだと思います。

かつてはアマチュア球界とプロ球界の間には深い溝があり、交流の機会も殆ど無く、プロ野球の引退選手が高校野球の指導に携わることなどできませんでしたが、近年のアマチュア側とプロ側の双方の歩み寄りにより、プロ野球界でスゴイ実績を残した高校野球監督が実現しました。

今後もプロ野球での実績のある高校野球大学野球の指導者が増え、アマチュア球界全体の底上げが期待できると思っています。

あ、話がかなり逸れました。失礼しました(^^) 高校野球の選手のみなさん、甲子園の次は是非神宮を目指してください・・・。

国税庁法人番号公表サイトで遊んでます・・・

コロナウイルス騒動が無ければ、昨日(3月16日)が確定申告の期限だったはずですが、今年は4月16日(木曜)まで延長されました。

私はサラリーマンですので、原則として確定申告などしなくてもいい立場なのですが、やはり毎年3月15日の申告期限日は意識してしまいます。

確定申告については国税庁のホームページにその詳細が掲載されていますし、業務上必要な事柄を調べる際にも国税庁のホームページを閲覧する機会がしばしばあります。

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国税庁のホームページのなかでもわたしがよく利用するのが国税庁法人番号公表サイト」です。

↓ このホームページです

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「法人番号なんか調べて何が楽しいの?」という声が聞こえてきそうですが、法人番号を調べているんではないんです。

「こんな商号の会社が実在するのだろうか?」という疑問を解決するために利用しているんです。

例えば、「あ」とか「ア」というひらがな一文字やカタカナ一文字の会社って存在するのだろうか? と思いましたら・・・

↓ 法人の商号及び所在地などから法人番号を調べるところに「ア」と入力します

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そして検索結果は・・・

↓ このように出てきます

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検索する際は「前方一致検索」とするのがいいと思います。

「あ」とか「ア」という株式会社や有限会社が実在することが判ります。

検索結果から気になる法人がありましたら、右側に「履歴等」とありますので、それをクリックしますと、その法人の詳細が表示されます。

↓ この「履歴等」をクリック!!

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では「イケメン」と名の付く会社は実在するのかを調べてみましょう。

↓ 検索します

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↓ 検索結果はこれです。従業員の採用条件は「イケメン」に限るのでしょうか?

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↓ それではこれはどうでしょう?

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↓ 検索結果は・・・。実在しますね(^^)f:id:jh0iam:20200317200358j:plain

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この「国税庁法人番号公表サイト」は大変便利に使えます。法人番号は国税庁のサイトでもこのように公表していますので、隠す必要はない性質のものと考え、検索結果をそのまま掲載しております。

では、日本一長い商号(名称)の会社として知られる、株式会社あなたの幸せが私の幸せ世の為人の為人類幸福繋がり創造即ち我らの使命なり今まさに変革の時ここに熱き魂と愛と情鉄の勇気と利他の精神を持つ者が結集せり日々感謝喜び笑顔繋がりを確かな一歩とし地球の永続を約束する公益の志溢れる我らの足跡に歴史の花が咲くいざゆかん浪漫輝く航海へホールディングスさんが実在するのかどうかを調べます。

↓ 「前方一致検索」「読み仮名」で「アナタノシアワセ」と入力しましたら・・・

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ありました。噂では聞いていた日本一長い商号(名称)の会社、株式会社あなたの幸せが私の幸せ世の為人の為人類幸福繋がり創造即ち我らの使命なり今まさに変革の時ここに熱き魂と愛と情鉄の勇気と利他の精神を持つ者が結集せり日々感謝喜び笑顔繋がりを確かな一歩とし地球の永続を約束する公益の志溢れる我らの足跡に歴史の花が咲くいざゆかん浪漫輝く航海へホールディングスさんは実在することが国税庁の法人番号公表サイトで判りました。

700回目の投稿~「女子高生と六角ボルト??」

4日前に「ブログ開始2周年」を迎えましたが、今日は「700回目の投稿」となります。こうしたタイトルで多くの方々の注目を集めようと、徐々に姑息な手口を見せ始めております(^^)

しかも、みんな大好きな「女子高生」\(^o^)/ と「六角ボルト」って・・・??

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この「女子高生」とは、現在地方公務員として働いている娘のことなんです。2年前までは女子高生だったのですが、その当時に私の作業の手伝いをしてもらっていたことを投稿します。

私は仕事運に恵まれず、勤めた会社(都市銀行第二地方銀行)は次々と倒産し、20年前から現在の会社に勤めていまして、最初の数年間は総務や経理を担当していましたが、後に工場勤務に追いやられ、原材料や資材、消耗品類の発注や荷受け、在庫管理などを担当することになりました。

原材料や資材、消耗品類のアイテムの種類は細かく分けますと1000種類を超え、そのうちの一つでも欠品(在庫切れのこと)となりますと工場の生産工程が行き詰まりますので、欠品だけは絶対に生じないよう日々細心の注意を払っています。

在庫数が少なくなりますと、馴染みの納入業者に発注したり、部品類を組み立てたりして在庫を補充します。

例えば、六角ボルトですが、材質、長さ、太さ、付属するワッシャー(丸座金)のサイズ、ナットの数などの違いで300種類ほどあります。一例として「太さ16mm、長さ60mm、直径40mmのワッシャーが2ケ付属する、溶融亜鉛メッキの六角ボルト」の在庫が減ってきている場面です。

↓ あ! M16×60L溶融亜鉛鍍金ボルト(40mm丸座金2ケ付)の在庫が減ってる

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すぐにボルトとワッシャー(丸座金)とワッシャーを組み立ててこの箱の中に補充したいのですが、私も事務作業や来客、納入物品の受け入れや検収で手が離せませんので、こうした単純作業は部品を自宅に持ち帰り、主に娘にやってもらっていました。

↓ 自宅に持ち帰って組み立てる六角ボルトなどの部品類

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左からワッシャー(丸座金)、ナット、六角ボルト(太さ16mm×長さ60mm)

 

↓ ここからワッシャー(丸座金)2ケ、ナット1ケ、六角ボルト1本を取り出し・・・

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↓ このように組み立ててもらいます

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これは単純作業で、誰でもできますので娘が小学校4年生のころから高校3年まで手伝ってもらいました。1000組以上などの大量に組み立てる必要に迫られた場合には妻や長男も動員し家族4人でボルトの組み立てをしていました。結構楽しかったですヨ(^^)

娘の手は華奢で指も白くて細いのですが、中学、高校に通う頃には作業スピードが増し、私なんかよりはるかに速く仕上げるようになります。

↓ そして数えやすいようにこのように並べます

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娘が女子高生だったのは2年前まで。当時の工場内にあった六角ボルト類の中には女子高生の細くて白い指で組み立てた六角ボルトがあったんです。(^^)

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仕事を手伝ってもらったわけですから、娘には報酬を払わなければなりません。娘との約束で、1つ組み立てると1円20銭で、円未満切り捨てとしました。

何故1円20銭なのかと言いますと、娘や長男には「円未満の単位としての銭(せん)」の存在を知り、実感してほしかったからです。(本当は1円12銭5厘にしたかったんですが、小学生には難しすぎると考えて1円20銭にしました)

さらに、1円20銭で円未満切り捨てですので、仮に4つ組み立てますと4円80銭。円未満切り捨てですので、得られるのは4円。あと1つ組み立てれば6円得られます。そして、組み立てる数を5の倍数にすれば切り捨てられる部分が無いことに当時小学生の娘に気づかせたかったんです。

上の写真のように数えやすく並べさせて、間違い(ワッシャーが2つずつ入っているか、ナットがしっかりついているか)を調べて報酬を払います。この写真の場合は100組ですので、120円を払います。

私は単純作業をしなくて済みますし、娘は120円を受け取り嬉しそう。お互いに満足です。

↓ 充足されたさまざまな種類のボルト(2年前まではJKが組み立てたボルトも・・・)

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2年前まで工場内にあった女子高生が組み立てた「萌え萌え六角ボルト」。工場内の誰ひとりとしてその「萌え萌え~」には気づかなかったと思います。

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娘は現在、地方公務員として働いていますので、地方公務員法第38条により副業はできません。たとえ1組が1円20銭の小額取引でも副業をやっていると疑われるようなことはさせることはできません。工場内に「女子高生が調製した萌え萌えボルト」が混在している幸せな状況は今後半永久的に訪れることはないと思われます。(^^)