埼玉在住中小企業勤務ダメ人間の思うところ・・・

日頃言いたくても言えないことを吐露します。不愉快に感じる方は読まないでください。

「木へん」の漢字1文字の難読地名が難しすぎる

日頃、地図帳と併せて「郵便番号簿」を愛読し全国の珍しい地名や難読地名を調べていますが、「木へん」の漢字1文字の地名で、私には読めない難読地名が5つほどありましたので、みなさまにもご覧いただきたく投稿に及びます。

 

↓ 私の愛読書の一つ「郵便番号簿」

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それでは私が読めなかった「木へん」の漢字1文字の難読地名5つを見ていきましょう。

 

↓ 「木」+「鬼」 秋田県能代市 「サ」で始まるこの地名、読めません(><)

 

↓ 「木」+「入」 福岡県遠賀郡水巻町 「エ」で始まる地名、降参です(><)

 

↓ 「木」+「山」 滋賀県蒲生郡日野町 「ソ」で始まる地名、わかりません(><)

 

↓ 「木」+「高」 岡山県総社市 「ケ」で始まるこの地名、これも読めません(><)

 

↓ 「木」+「世」+「木」 山形県鶴岡市 「ユ」で始まるこの地名も降参です

 

一つでも判った方はいらっしゃいますでしょうか?

私は全て降参で、日本郵便のサイトの郵便番号検索ページで、郵便番号を入力して正解を見ることにしました。

 

↓ 秋田県能代市「槐」「サイカチ」なんですね、初めて知りました

 

同じように調べましたら・・・

福岡県遠賀郡水巻町「杁」「エブリ」

滋賀県蒲生郡日野町「杣」「ソマ」

岡山県総社市「槁」ケヤキ

山形県鶴岡市「楪」ユズリハ

であることが判りました。昨日まで知らなかった難読地名の読み方を、今日は5つも知ることができて嬉しいです。

 

今日の投稿では「木へん」の漢字1文字で、私が読めなかった地名5つを紹介しましたが、他にも読み方が判らない難読地名は無数にあります。

お取引先の外国人就労者との10年前の談話・・・

永年にわたり工場の雑用係を担当していますと、非常に多くのお客さまやお取引先の方々とお目にかかる機会があります。特に定期的に工場を訪れるお取引先の方とは雑談に興じることもあり、就業時間内でありながら楽しいひとときとなっています。

そんな雑談、談話の中でも非常に印象に残るものがいくつかあります。今日はそのうちの一つをブログ上で再現したいと思います。

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工場から排出される使用済みのダンボールや古紙などを定期的に回収して下さるお取引先のドライバーで在日外国人の方が今日の投稿の主役です。

この方は、人口2億人を擁する、アラビア海に面した西アジアの国の出身。日本に来られて10年くらい経っており、日本人妻と暮らしているそうです。便宜上、ムハンマド(仮名)さんとしましょう。

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ムハンマド(仮名)さんは1週間に1度のペースで工場に来られ、使用済みダンボールや古紙の束をパッカー車に積んで回収してくれていましたが、その引き渡し作業の際に「日本の寿司が気に入っている」とか「日本ではオリンピックが盛り上がっているが自分の出身国はメダルを獲得する場面はほとんどないので盛り上がっていない」などと雑談を楽しんでいました。

そんなムハンマド(仮名)さん、顔色が悪く元気が無い日がありました。その日の談話を再現します。

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ムハンマド(仮名)「オハヨウゴザイマス。キョウモヨロシクオネガイシマス」

わ た し    「おはようございます。あれ、今日は疲れていますか?」

ムハンマド(仮名)「ハイ、トテモツカレテマス」

わ た し    「オーバーワークなんですね?」

ムハンマド(仮名)「ハイ、アサモシゴト、ヨルモシゴト、シゴト、シゴト、シゴト」

わ た し    「うわぁ、大変だぁ」

ムハンマド(仮名)「ニホンジン、ミンナイイヒト、デモ、シゴトハキビシイ」

わ た し    「朝から晩まで仕事なんですか?」

ムハンマド(仮名)「マイニチ15ジカン、シゴト、シゴト、シゴト、ツカレル・・・」

わ た し    「1日15時間はつらいですね・・・」

ムハンマド(仮名)「ドヨービモシゴト、ニチヨービモシゴト、マイニチシゴト・・・」

わ た し    「え? 土曜も日曜もですか? それはビックリです」

ムハンマド(仮名)「シゴト、ツライ・・・、デモ、オカネ、スコシ」

わ た し    「ハードな仕事なのに給料少ないんですね・・・」

ムハンマド(仮名)「ハイ、ワタシ、オカネ、ナーイ」

わ た し    「・・・・・・」

ムハンマド(仮名)「シゴトキツイ、デモ、オカネ、スコシ」

わ た し    「そうなんですか・・・」

ムハンマド(仮名)「ニホン、クルンジャナカタ。ニホン、クルンジャナカタヨ」

わ た し    「・・・・・・」

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ムハンマド(仮名)さんのお勤め先の会社は利益の出にくい業種なので、賃金は少なく労働環境も厳しいだろうとは思っていましたが、想像以上に辛い状況に置かれていることを知り、返す言葉が見つかりませんでした。

この直後にムハンマド(仮名)さんは転職されたと聞きました。少しでもよい環境の勤め先であることを祈るばかりです。

昭和46年8月から約4年間発刊された「月刊Hamライフ」

今日は無線の話題です。

突然ですが、1971(昭和46)年8月から1975(昭和50)年6月までの約4年間電波新聞社から発刊された月刊誌「Hamライフ」、ご記憶にある方はいらっしゃいますでしょうか?

この「Hamライフ」誌の発刊当時の私はまだ8才~12才で、「Hamライフ」誌の存在にすら気づいていませんでした。「Hamライフ」誌を発刊していた電波新聞社からは「ラジオの製作」という月刊誌も発刊されていて、そちらは購読していたのですが、「Hamライフ」誌のことは知りませんでした。

「Hamライフ」誌が発刊されていた時期(昭和46年8月~昭和50年6月)から考えますと、昭和35年以降の生まれの世代で購読していた記憶がある方は殆どいないものと思われます。また、当時の私は地方(新潟県)に住んでいたため大規模な書店がなく「Hamライフ」誌を見かける機会が無かったことも影響しているかもしれません。

私自身は勤め人になってから「1970年代前半に数年間だけ発刊されたアマチュア無線雑誌があるらしい」というウワサ話をたまたま耳にして知り得たものです。

 

↓ 「Hamライフ」創刊号(1971年8月号) ネットの古書店で入手できました

表紙:車載の八重洲無線FT-101で、マイクのカールコードをビョ~ンと伸ばして運用するカワイイ女性ハム(実際はモデルさんのようです)。素朴で素敵な表紙ですが、当時のHFモービルの様子を伝える資料でもあります。

 

↓ 「Hamライフ」創刊号のもくじの一部

製作記事は殆ど無く、運用にスグに役立つ話題やタイムリーな情報が中心で、CQ誌とは内容的に重複しないよう編集されているように感じます。「モービルハム」誌と似ているようにも感じます。楽しそうな記事がたくさんあります。

 

↓ 創刊号だけに編集部の意気込みが感じられます

 

昭和46年8月に創刊された「Hamライフ」誌は昭和50年6月号を以て終刊となります。発刊された期間は4年弱。通巻47号で終わりました。青少年層を中心にアマチュア無線人口が右肩上がりで爆発的に増加していた当時にあって、僅か4年で終刊となった事情は不明です。

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私も昭和49年(小学校5年)の秋から「CQ誌」を購読し始め、ラジオの製作初歩のラジオ」「月刊短波」も購読していましたが「モービルハム」「Ham Journal」は購読していませんでした。両誌は、成熟した大人のアマチュア無線家が読むもので、自分のような子どもが読むようなものではない・・・と考えていましたし、限られた小遣い銭では、あれもこれも購読することはできないという事情もありました。

大正5年~大正8年の4年間発行された「5厘青銅貨」

蒐集した古銭を紹介する記事をしばらく投稿していませんでした。前回の投稿は昨年の9月29日(小型50銭銀貨)でしたので、およそ9か月もこの類の投稿をしていなかったことになります。

3年くらい前にはこのような古銭の紹介記事を頻繁に投稿していました。昭和の戦中から戦前にかけての古銭類は手許にかなりたくさんあり、1000枚もの古銭を並べたり崩したりしながら写真を撮っていました。

時代が大正~明治時代に遡りますと、手許に保有している古銭の数は少なくなります。100~200枚程度の数の古銭を並べたり崩したりした様子を写真に収めても、以前のような1000枚規模の古銭を並べた写真に比べますと迫力に欠ける印象があります。多少見劣りはしますがご覧くだされば幸いです。

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今日は大正5年から大正8年までの4年間発行された「5厘青銅貨」を紹介します。

5厘とは1銭の半分、つまり0.5銭で、0.005円です。

↓ オモテは菊の花と唐草、ウラは桐と左右に小さな桜花の意匠

 

↓ 大正5年から昭和13年まで発行された「桐1銭青銅貨」と同じ意匠です

「5厘青銅貨」は「桐1銭青銅貨」の弟分のような扱いですね。なお、「桐1銭青銅貨」については2020年7月19日の記事に投稿しております。興味のある方は是非ご覧ください。

 

↓ 2020年7月19日付「大正5年~昭和13年に発行された桐1銭青銅貨について」

saitama-dame.hatenablog.com

↓ 「5厘青銅貨」が発行されたのは、大正5年~8年のわずか4年間だけです

4年間で発行された枚数は約4200万枚です。大正8年の発行が最後となりましたが、同時に「銭」未満の「厘」という単位の通貨の発行もこれが最後になりました。

 

↓ 直径18.78mm、現在使われている1円アルミ貨よりやや小さいです

なお、量目は2.1グラム(1円アルミ貨の約2倍)です。

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↓ 手許には180枚しかありません。10枚×3段×6列で並べてみます

「5厘」は「0.005円」ですので、200枚集めてようやく1円です。180枚では90銭で、まだ1円に達していません。

 

↓ 近づいて撮影します

↓ さらに近づいて撮影します

 

↓ 整然と並んでいた「5銭青銅貨」180枚を崩します

 

↓ 近づいて撮影します

 

↓ さらに近づいて撮影します

4年間での発行枚数が4200万枚と少ないものの、希少性は高くはありません。未使用品や極美品ではなく一般的な美品や並品であれば古銭専門店で100~300円程度で入手できます。

過去記事アーカイブス ~2018年9月9日~

今週も月曜日から金曜日まで無事に勤め上げ、嬉しい金曜日の夜を迎えることができました。今週も事務量増加のため毎朝6時半に出勤して誰もいない事務所で1時間あまり黙々と事務作業をこなしたので、明日(土曜日)の出勤は回避できました。

明日と明後日は休めることになりましたので、もっと喜びを露わにしたいところですが、今日は午後5時半の帰宅直後から疲労の蓄積と緊張感からの解放による眠気が襲ってきまして、しばらく眠り込んでしまいました。

平日は朝6時半から午後5時半まで、昼食休憩の1時間を除けば1日あたりの労働時間は僅か10時間です。このブログをお読みいただいている方の中には1日あたりの労働時間がもっと長い方もたくさんいらっしゃると思います。

ただ、その10時間の業務内容がかなり濃密な上に、来訪される方への対応や他の部署からの作業依頼や問い合わせにより自身の持ち時間がどんどん削ぎ取られていくことから、常にフル回転全力疾走状態。還暦目前で虚弱体質の私にはやや負荷がかかり過ぎではないかと思います。

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今夜は疲労困憊で眠り込んでいた時間が長かったため、記事を書く時間が残されていません。こんな日は過去記事アーカイブスでお茶を濁すことにします。2018年9月9日に投稿した「 退職者AIで予測 という新聞記事を読んで・・・」を再掲します。

 

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「退職者AIで予測という新聞記事を読んで・・・」

 

昨日に引き続き、9月8日(土曜日)の日本経済新聞朝刊の記事から考えたことを述べさせてください。

11面にあった面白い記事、「退職者AIで予測」です。リクルートホールディングス社が進めているもので、 人工知能(AI)を使って退職の恐れがある人を察知し、その職員に対して管理職が早めにアプローチして退職を防ごうというものですね。

↓ この記事です

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記事によると、AIには「現在の業務」「性格診断」「労働時間」「人事考課」などのデータを蓄積し、過去の退職者のデータと比較して、半年以内に辞める可能性が高い職員を予測するのだそうです。

退職しようかと考えるきっかけは、前述のような「会社内の事情」が最も影響しますが、その職員の家庭内の事情や個人的な諸問題も大きく関係してくると思います。したがって、このAIシステムにはこうした家庭内事情や個人的な問題についてのデータまで蓄積しているのではないかと勘繰ってしまいます。

実際、私がこれまで30年以上にわたって勤め人をやってきまして、中途退職しやすい人々のイメージや共通点には思い当たるところがあります。

●中途退職をしやすい人々の特徴

 1 中途採用で入社

 2 実家が会社経営をしているか、富裕層で賃貸アパートや駐車場を運営している

 3 独身

 4 共稼ぎで配偶者(妻)が看護師などで高収入を得ている

 5 子どもが学校を卒業し勤め人になり、扶養しなければならない家族が減った

 6 転職に有利な免許や資格を複数持っている

 7 周囲の職員と比較して客観的に見てポテンシャルが高い

 8 同僚や先輩、上司の中に極端に能力の低い人物が一人でもいる

 9 「辞めたい」と周囲に言ったことが無い

 10 新聞や経済誌を購読し日頃からよく勉強している

 11 周囲がその職員に依存し過ぎている

 12 親を介護しなければならなくなる日が近い

などなど、ほかにもいくつかありますが、概ねこのような状況の職員は退職のリスクが高いと思います。会社はこうしたデータをも集めてAIシステムに情報をインプットしていなければ正確な予測ができないのではないかと思うんです。

私などは、今の勤め先を早く辞めたいあまり、2人の子どもに大学進学を望まず、高卒公務員になるよう勧めました。今年の春に2人目の子どもが高校を卒業すると同時に地方公務員の事務職として働き始め、扶養しなければならない家族は妻だけになりました。

周囲にも「子どもを養う責任が無くなったことだし、そろそろ辞めたいな~」などと漏らしているのですが、このAIだと「辞める辞めると言いながらなかなか辞めないウソつきダメ人間で予測不可能」と判定されるかもしれません。

 

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以上が2018年9月9日の投稿記事でした。

この記事の投稿から4年近く経過しましたが、まだ辞めていません。今も同じ会社の同じ部署に勤め続けて冴えない事務員をやってます。「いの一番に辞めそうに見えて、いつまで経っても辞めない」私のような人物の退職予測はAIでも困難ではないかと思います(^^)

みなさまのお勤め先、人材の採用できてますか?

全国の事業所に共通する問題ではないかと思いますが、私の勤め先の事業所はここ数年、若手の人材の採用にかなり苦戦しているように感じます。

数年前まで安定して卒業生を送り込んでくれた大学や高等学校からも入社を望む学生がいなくなり、新卒で4月1日入社のフレッシュマンはしばらく見ていません。最後が誰だったかも記憶にありません。

大学も高等学校も年々卒業生の数が減少しており、それほど優れた学業成績を残していない学生でも有力企業から勧誘されているそうですので、薄給で同族支配でしかも工場である私の勤め先の事業所などに関心を寄せてくれる学生は多くは無いと思います。

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ここ数年は新卒採用を諦め、他の会社を短期間(数か月~1年程度)で退職した第二新卒と呼ばれる人材を採用する方向にシフトしていますが、短期間で退職をした経験のある方は、勤めを辞めてしまうことへの抵抗感が少ないようで、なかなか定着しません。入社手続きと退職手続きを繰り返すため、人事課の負担が増えるだけです。

人材の採用ができないため、60才超の高齢職員にまで肉体的負担の大きい作業を強いる場面が増えてきており、若手の人材確保を急がなくてはなりません。待ったなしの状態です。

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最近では若手の人材を採用するため、Youtubeに学生の方々を視聴対象とした会社案内動画をアップしたり、合同企業説明会や合同面接会などにも積極的に参加しています。就職活動を支援するサイトなどにもかなりたくさん登録しているようで、勤め先の会社をGoogleで検索しますと学生の方に向けた会社案内や入社を促すサイトがいくつも見つかります。

さらに、先週の月曜日の全社員参加の朝礼の場で、経営幹部の役員が「社員のみなさまのご親戚、お知り合いで大学4年生や高校3年生はいませんでしょうか? 入社を希望される方を是非紹介してください」と訴える場面がありました。

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ただ、実際には若手の人材を採用するのは困難だと思います。

有力企業の採用意欲が旺盛である中で、無名で薄給、しかも同族支配の工場では太刀打ちできないと感じますし、若い世代の方々が「同族支配の工場という職場」に対して抱く印象は我々中高年世代が持つそれとはかなり異なるように感じます。若い世代の方々は我々が考えているより働く環境に対して敏感でシビアですし、ネットを駆使して企業研究を深く掘り下げて行っています。若い世代の方々の実力を侮っていては採用などできません。

ただでさえ不人気の「同族支配の工場」が「ウチの会社で採ってやるぞ・・・」などと傲慢な優越性を誇示した態度で接したら即座に学生にソッポを向かれてしまいます。

また、若い世代の方々はSNSを駆使して情報共有をするのが得意ですので、1つでもネガティブな情報がありますと一気に敬遠されてしまいます。実はこれが一番恐ろしい・・・。

とある就職活動支援サイトに、私の勤め先の会社の就職面接を受けた際に圧迫面接で人格まで否定されて不快な印象を受けたので内定を辞退した」とのコメントが載っています。就職活動中の多くの方々が閲覧しているサイトに載ったこのコメントが人材確保に暗い影を落とさなければいいのですが・・・。

退職間近の私にはどうでもいいことなんですけどね(^^)ゝ

職場で、嫌いな人、遠ざけたくなる人・・・その3

5月23日、5月25日の2回にわたって「職場で、嫌いな人、遠ざけたくなる人・・・」を投稿してきまして、本来であれば5月27日に3回目の投稿をする予定でしたが、業務多忙による疲労困憊で予定を変更し、そのまま3回目の投稿を忘れていました(^^)ゝ

今朝、このブログをお読みくださっている業務委託先の腕利き職人の方に「3回目の投稿が無い」とのご指摘をいただき、慌てて3回目の投稿をいたします。「3回目の投稿を失念している」ことに気付いていただけるくらいじっくりとお読みくださり大変に嬉しく感じております。

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職場にいる嫌いな人について3回にわたって述べるシリーズの3回目です。

私はこれまで金融機関や第三セクター企業など数社を経て21年前から現在の勤め先にお世話になっており、それぞれの会社の社風やその会社に所属している人々の特徴の違いを肌で感じてきました。

現在の勤め先に所属している人々の特徴を簡単に申し上げますと、「著しく想像力が欠如している」「お客さまやお取引先の方々との会話ができない」この2つが当てはまるように思います。

もちろん全ての職員が当てはまるわけではなく、優れた人格の方やコミュニケーヨン能力に長けている方もたくさんいます。むしろ優れた方々の方が多数を占めているのですが、あまりにもダメな職員のインパクトが大きすぎて社内全体がおかしな雰囲気になってしまっています。

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著しく想像力が欠如している人・・・例えばこんなことが頻繁にあります。

・執務中にもかかわらず、突然大声で雑談を始める

・複数の職員が業務の打合わせを行っているところに突然大声の雑談で割り込み

・消耗品は最後の1つを使ってしまってから在庫が無い!と騒ぎ出す

フォークリフトの燃料もガス欠になってから「動かない」と騒ぎ出す

・工場内の通路に大型の物品などを置くためしばしば通路が塞がる

・引出しやキャビネットの扉を閉めずに開けっ放し

など、少し考えれば周囲に迷惑が及ぶとか、近い将来に困ることになると気付くのですが、それができない人の割合が多いです。こんな人たちが嫌いです。

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お客さまやお取引先の方々との会話ができない・・・例えばこんなことがあります。

・お取引先の方が事務所を訪れても気づかぬフリで無視

・お取引先の方が事務所入り口で呼鈴を鳴らしても無視

・お取引先の方が「こんにちは~」「どなたかお願いします」と声を掛けても無視

・廊下や通路でお客さまとすれ違っても会釈すらしない。何も考えず無視

・お取引先の方と相対しても会話にならない、機転も利かない

といったことが目立ちます。非常に狭い範囲の業務の内容しか知らず、業務の全体の流れを掴んでいないために、訪問された方に対してどのように対応すればよいのかが解らない職員がかなりの割合を占めます。しかもそのダメ職員たちはプライドだけは異常に高く、外部の方々と対話するのは自分の役割ではない・・・、と勝手に決めつけているようです。こんな人たちが嫌いです。

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前述のように、私は上場企業から第三セクター、そして現在の中小同族支配会社へと転身を繰り返してきたのですが、現在の勤め先の会社の社風や、そこに勤める人々が当たり前と考えている習慣には、客観的に見て世間とのズレを大いに感じます。

「著しく想像力が欠如している人」「お客さまやお取引先の方々との会話ができない人」どちらも嫌いです。

ただ、この嫌いな人たちは、この会社の変わった社風の犠牲者なのかもしれません。上司や先輩が新入社員や中途採用者に対する指導や教育をせず放置し、甘やかし続ける社風。学生の頃に成績不振だった者や他の会社で使い物にならず鼻つまみ者だった人が一定の割合で採用されている上に、指導や教育をしないのでは、このような結果になるのは自然なことだろうと思います。

結果として、勤労意欲や責任感を併せ持ち実務能力も高い職員はダメな職員に嫌気がさして次々と他社へ転職していくため、全社員の中に占めるダメ職員、嫌いな職員の割合がどんどん高まっていきます。

6月11日は普通1種免許取得記念日ですv(^^)v

4日前の6月7日に「初めての国家試験合格記念日」の記事を書いたばかりで恐縮なんですが、今日6月11日は普通自動車1種免許の取得記念日ですので、またまた「記念日ネタ」の記事です。

 

↓ 1981(昭和56)年6月11日、18才1か月で普通1種免許を取得しました

上が現在有効な運転免許証、下は18年前に失効して孔(あな)を開けられて返却された運転免許証です。免許の種類の欄がかつては12、現在は14に増えていることが判ります。これについては後述します。

 

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2年前の6月11日の投稿でも、普通一種自動車運転免許を取得した当時のことを投稿していましたので、その部分を貼り付けます。

 

↓ 2年前の記事です(一部修正した箇所があります)

 

高校2年から3年にかけての春休み(3月下旬から4月上旬)に公認自動車教習所に通い始めたのですが、通い始めたときはまだ17才10か月でした。教習所内での運転実技教習や学科教習を春休みのうちにどんどん消化し、5月の誕生日が来て18才になったらすぐに仮免許申請。仮免許を受けたら路上教習を所定の時間数(10時間)乗って卒業検定

その翌日には高校を1日休んで運転免許センターへ出かけて〇✖100問の試験を受験して無事合格。

同世代ではほぼ最速で普通自動車運転免許を手にしたことになります。

ただ当時は、合格しても運転免許証を受け取るまで2~3週間ほどかかっていました。当日交付ではありません。そのため、免許の日は6月にずれ込んでいます。運転免許証は、指定された日に地元の警察署に自転車に乗って出頭して受け取った記憶があります。

私と同じ昭和38年5月生まれの人は全国に約14万人いますが、普通自動車運転免許の取得についてはその当時は トップランナーの一人であったわけです。

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ここで、疑問に感じている方が多いと思います。高校生に自動車運転免許を取得させる親は何を考えているんだ・・・、学校の校則はどうなっているんだ・・・と。

 

まぁ、40年以上前の話ですので、高校の生活指導も校則も厳しくはありませんでした。通っていた高校は日清戦争のころ(1890年代)に創立し、旧制中学からの流れをくむ学校。校則は非常に緩かったです。高校3年の春のうちに自動車運転免許取得を済ませ、夏休み以降は大学受験勉強に専念する計画を立てている者もいました。4月生まれとか5月生まれはこの点有利ですね。

ほぼすべての生徒が大学進学を希望する高校に通っていたものの、私の親は大学受験に失敗したら郵便局に勤めて郵便配達員になってくれたらいいんじゃないかと考えていたようです。それには自動車運転免許は不可欠。したがって自動車運転免許の取得に対する抵抗感は薄かったようです。

私も、子どものころから珠算1級や電話級アマチュア無線技士国家試験、英語検定3級などの合格実績があり、普通自動車運転免許も、数ある免許や資格のうちの一つにすぎないことを強調したところ、すんなりと自動車運転免許取得に賛成してくれました。

あれから41年経ちました・・・。

 

↑ ここまで2年前の記事でした(39年経ちました→41年経ちましたなど、一部修正を施してあります)

 

さて今日の記事の冒頭でも申し上げましたが、以前の運転免許証は免許の種類の欄は12でしたが、現在は運転免許制度が変わり「中型」「準中型」「中型二種」の3つが増えたため、免許の欄が14あります。

え? 新たな運転免許が3つ増えたら、免許の種類の欄は15必要では・・・、と疑問に感じられた方も多いと思います。その通りです。15種類の免許に対して14の欄では1つ足りません。そのため「けん引一種」と「けん引二種」が右下の欄に統合され、けん引1種のみの場合は「け引」と、けん引二種まで取得しますと「引・引二」としています。

2019年まで警察庁のホームページに載っていた「運転免許証の見本」では、全ての運転免許を取得した日本花子さんの運転免許証が掲載されていました。そちらをご覧いただければご理解いただると思います。

 

↓ 2019年まで警察庁のサイトにあった日本花子さんの運転免許証見本

日本花子さんは、けん引一種とけん引二種の両方をお持ちなので「引・引二」となっています。私のように、けん引一種のみの免許ですと「け引」となります。こうして15種類の運転免許が14の欄に収まる仕組みになっています。

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ちなみに、この日本花子さんは実在する人物なのかどうかも含めて詳細は不明でしたが、現在の警察庁のサイトに掲載されている「運転免許証・運転経歴証明書」の見本の二代目・日本花子さんは実在の人物であることが確認されています。

 

↓ 二代目・日本花子さん=警察庁のホームページより

この写真の方は、フリーアナウンサーの平井香織さん(SHUプロモーション所属)であることが知られています。

初代日本花子さんの免許の種類の欄が全て埋まっているのに対し、二代目・日本花子さんの免許証では「準中型」と「普通」の欄が埋まっていません。平成19年6月1日までに「普通」免許を取得していた場合は「中型」に移行して「普通」が消え、平成29年3月12日に新設された「準中型」免許はその下位免許なのでこの欄も埋まらないといったリアリティを演出するためなのかと思われます。

初代・日本花子さん、二代目・日本花子さんのお二人ともに免許の条件に「眼鏡等」が記されているところもなかなかの好演出だと思います。

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最後に、これは意外と知らない方が多いと思いますので書かせてください。

大型・中型・普通・大型特殊・けん引の各免許には二種免許がありますが、準中型免許だけは二種免許が存在しません。準中型免許は貨物車の細分化を目的に導入されたため、普通自動車と乗車人員が変わらないためその必要性が無いからなんです。

スマホで簡単!1万円紙幣のマイクロ文字を確認

日本銀行のホームページには銀行券(紙幣)の偽造防止技術についての詳しい説明があり、しばしば興味深く拝見しております。

 

↓ 日本銀行のホームページ。「一万円券の偽造防止技術について」

ここでは一万円券のページを紹介しましたが、このホームページでは千円券二千円券五千円券についてもこのページ同様に詳しい説明があります。銀行券(紙幣)4種類全てについて記事にしますと冗長になってしまいますので、今日の投稿では一万円券のみを取り上げます。

 

↓ 一万円券(表)の偽造防止技術(日本銀行ホームページより)

↓ 一万円券(裏)の偽造防止技術(日本銀行ホームページより)

(1)から(11)まで番号が振ってありますが、いずれも偽造防止の手法で、すかし、超細密画線、凹版印刷、ホログラム、特殊発光インキ、マイクロ文字などがあります。

今日の記事では、(8)のマイクロ文字に注目しますので、赤い丸印を付してあります。

 

↓ 日本銀行のホームページ。「マイクロ文字」の詳細

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これまでに、家族や知人などに「紙幣のマイクロ文字を見たことはありますか?」と尋ねたことがありますが、これまでにマイクロ文字を見たことがある方にお目にかかったことはありません。

このようなことに興味を持たなければ「マイクロ文字を見てみよう」などと考えませんし、あるいは「マイクロ文字を見るには特殊な顕微鏡のような器具が必要なのでは・・・」と考えている方が多いのかもしれません。

銀行券(紙幣)のマイクロ文字は私たちが日常的に利用しているスマートフォンのカメラ機能で倍率を8~10倍くらいに拡大しますと簡単に見ることができます。みなさまにも是非一度試していただきたいと思います。

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先ほど、私が撮影した一万円券の「マイクロ文字」をご覧いただきたいと思います。いずれも倍率10倍に拡大して撮影しています。

↓ 表 「日本銀行券」と「壱万円」の間に「NIPPONGINKO」のマイクロ文字

↓ 表 福沢諭吉氏の頭部の左側に「NIPPONGINKO」のマイクロ文字

↓ 表 右側の「10000」の下に「NIPPONGINKO」のマイクロ文字

↓ 表 「国立印刷局製造」の上に「NIPPONGINKO」のマイクロ文字

↓ 表 記番号(紙幣の通し番号)の周囲数か所に「10000 NIPPON」「10000 GINKO」

↓ 裏 紙幣の右側に見える勾玉のような柄の周囲に「NIPPONGINKO」のマイクロ文字

↓ 裏 紙幣の底辺に一直線に「NIPPONGINKO」のマイクロ文字

日本銀行のホームページでマイクロ文字があるとされているところあってもマイクロ文字が確認できないことがあります。もしかしたら倍率が10倍のスマートフォンのカメラでは見えないくらい微小なマイクロ文字なのかもしれません。

今日の記事では1万円紙幣を取り上げましたが、現在発行されている他の額面の紙幣でも偽造防止のためにマイクロ文字が採用されています。Googleなどで「1000円 マイクロ文字」などと検索しますと、紙幣のどの位置にマイクロ文字があるのかを簡単に調べることができます。

6月7日は初めての国家試験合格記念日です(^^)

4月7日の投稿で予告しました通り、今日は「初めての国家試験合格記念日」の話題です。

4月7日は「初めての国家試験受験記念日」でしたが、今日、6月7日は、「初めての国家試験合格記念日」です。

 

saitama-dame.hatenablog.com

↓ 1977(昭和52)年6月7日、電話級アマチュア無線技士国家試験に合格しました

その後30回以上さまざまな国家試験(といっても、難易度の低い試験ばかりですが)に合格しましたが、国家試験合格通知を受け取った瞬間の嬉しさは、この時が最大だったと思います。

学校から帰宅し、郵便受にこの合格通知を見つけたときの高揚感は今も鮮明に憶えています。合格したことを確認し、すぐにその当時無線従事者免許証を申請するために必要だった「医師の診断書」を作成していただくために自宅近くの内科医院を訪れたこともよく憶えています。嬉しくて嬉しくて、ウキウキしながら自転車で内科医院に向かい、視覚聴覚や著しい心身の欠陥の有無などの簡易的な、というか形式的な検査を受けて診断書を書いていただきました。そのあと市役所に寄って、これまた無線従事者免許証の申請に必要な住民票の請求をしてきたと記憶しています。

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あれから45年が経ちました。今思い返しますと、この1977年(昭和52年)あたりが人生のピークだったようにも思えます。その後入学した高等学校も大学も成績不振でしたし、勤めた会社は2つも経営破綻となり、37才以降は名もない中小企業の事務員やってます・・・。トホホ・・・