埼玉在住中小企業勤務ダメ人間の思うところ・・・

日頃言いたくても言えないことを吐露します。不愉快に感じる方は読まないでください。

自身が送ったSWLカード(受信報告)が雑誌に載っててビックリ

といっても、24年くらい前の話です。

当時のアマチュア無線雑誌は、「CQ ham radio」の他に、「モービルハム」「Let’s HAMing」という雑誌が書店に並び、その他に毎月「JARL News」が届き、「月刊ファイブ・ナイン」というDX情報誌も購読していました。あ、それからラジオライフも欠かさず読んでいました。現在のようにネットで情報を得られる時代ではなく、アマチュア無線の最新情報は雑誌かパソコン通信「Nifty-Serve」のフォーラムFHAMなどで得るしかありませんでした。

ですので、アマチュア無線などの関係だけで、毎月6種類の雑誌に目を通していました。

で、「Let’s HAMing」というマガジンランド社発行の雑誌なんですが、発売日に書店で手に取りパラパラとページをめくってみましたら、半年くらい前に自身が送ったSWLカード(受信報告)が雑誌に載っていて驚いたことがあります。

 

↓ アマチュア無線用語辞典(第54回)。誌面中央の右寄りのSWLカードの例として

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事前に知らせもありませんでしたので、大変に驚きました。SWLカードの部分を拡大してみます。

↓ これです

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SWLナンバーやQTH(住所)や氏名(OP)は雑誌の編集段階で抹消されており、一定の配慮はされています。書店の店頭でこの記事を見つけたときはビックリすると同時に、なんだかとても嬉しかったです。

当時すでにアマチュア無線局を開設して17~18年くらいは経っていましたが、相変わらずSWL(受信)を中心に活動していました。当時は交信は殆どしませんで、アワードハントもコンテスト参加もSWLで行っていました。SWLナンバー(JA0-3086)は今でもアマチュア無線連盟の准員として会員局名録に掲載されており、コールサイン(JH0IAM)以上に愛着があります。

掲載されているSWLカードの左側にはSWLに対する私の思いまで書かれており、今改めて目にすると、なんだかもの凄く恥ずかしいです(^^)

 

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関連して、さらに驚いた出来事を2018年4月23日のブログ記事で書いていますので、改めて紹介します。

 

saitama-dame.hatenablog.com

実は海外のオークションサイトeBay」で私の発行したQSLカードが売りに出されていたのを偶然見つけたことがあります。これにも驚きました。

私のQSLカード、eBayでの売値は3ドル(米ドル)でしたが、入札は1件もありませんでした。このQSLカード発行の本人である私自身が入札、落札すれば面白かったかな・・・、と思ったりします。

いつも感心する朝日新聞テレビ欄の「テレ朝チャンネル」

嬉しい金曜日の夜を迎えました。今週は、夏期の繁忙期に第1四半期である6月の月次決算業務が重なり、異常な忙しさとなりました。

ただ、どんなに忙しくても夕方5時を大きく超えて社内に残っていることは認められませんので、毎日夕方5時を過ぎますと、紙袋に図面や資料などを詰め込んで自宅に持ち帰り、作業の続きをすることになります。

終業時刻が決まっていますので、業務多忙な日は早朝から出勤し、昼休みを自主的に短縮することになります。今朝は6時半から出勤して作業を始め、昼休みは10分間で昼食を胃の中に流し込みました。57才にもなってすることではありません。それでも多忙な状況は解消されることはありません。

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そして迎えた金曜日の夕方5時。終業のチャイムが職場内に響き渡りますと、安堵感に包まれます。

帰宅後は少し寛ぎながら、1週間の仕事を振り返りますが、このところ毎週金曜日の夕方は、そのまま眠り込んでしまいます。

午後8時を回りますと、夕食を摂り、今日は降雨が続いていますので、仕事から帰ってくる長男を最寄り駅まで自動車で迎えに行きます。

で、今日は奇数の日でブログを投稿する日です。極端に疲れているこんな日のために、短時間で書ける題材を用意しています。

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標題にありますように、購読している朝日新聞朝刊のテレビ欄のテレ朝チャンネル1」と「テレ朝チャンネル2」ですが、僅かしかないスペースに1日分の番組をギッシリと掲載していて、いつも「番組名をうまく省略して本当にすごいなぁ・・・」と感心しています。

例えば、一昨日(7月1日)の紙面をご覧ください

 

↓ こちらです

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テレ朝チャンネル1」

朝5時12分「ゼロ」・・・刑事ゼロ

「あたし」・・・あたしンち

「騎士竜」・・・騎士竜戦隊リュウソウジャー

7時00分「クレ」と7時30分「ドラ」はお判りのことと思いますので省略。

午前の番組は大体判ると思いますので、午後に移ります。

午後0時20分「おみ’03」・・・おみやさん(2003)

その後の「'02」・・・おみやさん(2002)

「眠って」・・・韓国ドラマ・あなたが眠っている間に

午後4時30分「あた」・・・あたしンち

「宇宙」・・・宇宙戦隊キュウレンジャー

「電」・・・仮面ライダー電王

その後は判りやすい番組が続き、

「ハレ」・・・ジャングルはいつもハレのちグゥ

0時00分「細胞」・・・アニメ・はたらく細胞

「はな」・・・オスカル!はなきんリサーチ

2時00分「進撃」・・・「進撃の巨人

「DJ」・・・DJ KOOのここDO KOO!?

「見つけた」・・・韓国ドラマ・俺が見つけたシンデレラ~Beauty Inside~

 

これが「テレ朝チャンネル1」の番組です。「電」が最も印象に残りました。

 

続いて「テレ朝チャンネル2」です。

朝5時30分「買」・・・ショッピング情報

「チエ」・・・じゃりン子チエ

「美味」・・・美味しんぼ

9時40分「鉄道」・・・昭和・平成鉄道の時代 よみがえる鉄道風景

「伝説」・・・フィギュアレジェンドプログラム(ランビエール)

「料理」・・・おかずのクッキング

11時30分「パスタ」・・・韓国名作ドラマ・パスタ~恋が出来るまで~

午後に入り、「楽園」・・・人生の楽園

「伝説」・・・フィギュアレジェンドプログラム(アンナ・シェルバコワ)

午後9時00分「水曜どう」・・・水曜どうでしょうClassic

「哲也」・・・勝負師伝説 哲也

そのあとは概ね判ると思います。ショッピングやレジェンドといったカタカナの語は漢字で「買」「伝説」とするなど工夫されています。

 

紙面の僅かなスペース、限られた文字数の中で、テレビ番組を読者に伝えようと懸命に編集しているのだと想像し、いつも感心しながら紙面を拝読しています。

新潟県民エフエム放送(FM PORT)が昨日で閉局・・・

平成12年(2000年)12月から19年半にわたり、多くの新潟県民に親しまれてきた、新潟県民エフエム放送(FM PORT)が6月30日で停波、閉局となりました。

スポンサー不足で経営状況が悪化し、長年にわたり債務超過の状態に陥ったためで、今年3月31日に閉局が発表されていました。一つの県の県内全域をサービスエリアとするラジオ局の廃局は全国で初めてのことだそうです。(狭い地域を対象としたコミュニティFM局の廃局は過去にいくつも前例があります)

 

私は新潟県出身ですので、このFM PORTというラジオ局のことは当然知っていましたが、FM PORTが放送を開始した平成12年(2000年)12月の3か月前(2000年9月)に、私と家族は新潟県長岡市から埼玉県(現在の居住地)に職を求めて転居していましたので、新潟県内に居住してFM PORTを聴いていた時期はありません。新潟に帰省した際に聴いていた程度ですし、残念ながら受信報告書を提出したことも無く、受信確認証は持っていません。

それでも、放送受信を趣味とする私は出身地のFMラジオ局が実質的な経営破綻で停波、閉局に追い込まれたことは非常に残念に思いますし、個人的には独立系放送局で自主制作番組が充実しているため、熱心なリスナーやファンが多いラジオ局という印象があります。長年活躍されてきたFM PORTのパーソナリティ、技術職や編成の方々、スタッフの方々、そして長年聴き続けてきたリスナーの方々の気持ちを考えると、本当にツライものがあります。

 

↓ 新潟県内ではFM PORTの停波、閉局のニュースが大きく取り上げられました

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熱心なリスナーがFM PORTの局舎の近くで横断幕を掲げて感謝の気持ちを表しています「FM PORT」「FM PROT」と間違えてしまうほど動揺しているようです。それくらいショックなんだと思います。このニュースについては、熱心なリスナーやファンの方のお気持ちを考えると、これ以上突っ込めないです・・・。

 

↓ 昨夜のFM PORTのサイト

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FM PORT最後の番組となる特別番組「Many Thanks from FM PORT」を紹介しています。

 

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6月30日24時00分で本当に停波してしまい、ラジオのスピーカーからは「ザーーーー」というノイズだけが聴こえる状態に・・・。FM PORTのサイトは・・・・・

 

↓ このようなメッセージが・・・

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現在の私の居住地ではFM PORTは入感しませんので、リアルタイムでは聴くことはできませんでしたが、日付が変わり、7月1日の午前1時ころにはYoutubeで、FM PORTの最後の放送、停波、閉局の瞬間がいくつもアップされていました。Youtubeで「FMPORT」と検索しますといくつも出てきます。

 

↓ このようにいくつも出てきます

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特に最後の10分間、サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」をBGMに、過去から現在までのパーソナリティやDJ、リポーターの方々のメッセージが流れ、最後の最後となる1分10秒間は、同局の看板パーソナリティの遠藤麻里さんと松本愛さんによる「JOWV-FM JOWV-FM こちらは新潟県民エフエム放送 FM PORTです。新潟 79.0MHz、堀之内大和 87.9MHz、高田 83.2MHz 以上、各周波数でお送りして参りました。FM PORTは本日24時を以て閉局いたします。開局から19年と6か月での閉局は大変残念ですが、これまで新潟県民エフエム放送、愛称FM PORTを愛していただいたリスナーのみなさまに改めて感謝申し上げます。本当にありがとうございました。JOWV-FM JOWV-FM こちらは新潟県民エフエム放送 FM PORTです。リスナーのみなさま、ありがとうございました。」

の最後のアナウンスは胸に迫りくるものがあります。私のような県外居住者でさえも心を揺さぶられ、目頭が熱くなるくらいですから、長年聴き続けたリスナーや番組のファンの方でしたらきっと号泣されたであろうと思います。

放送受信を趣味としている方には是非一度お聴きいただきたいアナウンスです。

「コロナ渦(うず)で大変です」と話しかけられて困った(^^)

工場で原材料や資材、消耗品などの調達を担当している私は、毎週金曜日に多くの品が入荷するように日程を調整しています。

金曜日に大量の荷受作業や検収作業をして極度の疲労困憊状態になったとしても、翌日が土曜日で休みなので体力の回復を図ることができます。

先週金曜日(6月26日)も、さまざまな物品の納品に多くの方が来られ、雑談を交えながら荷降し作業をしたのですが、ご納品に来られた方の放った次の一言に返答ができませんでした。

 

お取引先「いや~、コロナ渦(うず)で大変ですよね~」

わたし 「え? あ?・・・はい・・・」

 

お気づきの方も多いと思いますが、このお取引先の方は、新聞やテレビでよく目にする「コロナ禍(か)」を「コロナ渦(うず)」と誤って認識されているようなんです。勝手に想像しますと、新型コロナウイルス群がグルグルと渦巻いていて、人々がその渦に巻き込まれないように必死にもがいている様子を思い描いているのではないかと感じた次第。

咄嗟に「え、コロナ禍(か)のことですよね、コロナ渦(うず)ではないですよ」などと間違いをズバッと指摘したら、それはそれで気まずい雰囲気になるかな、と考えて曖昧な返事しかできませんでした。

荷降しや検収作業を終え、このお取引先の方が帰られた後になって・・・「あ、やっぱり間違っていることを教えてあげるべきだったかな・・・、他所で恥をかいたら気の毒だな・・・。逆に悪いことをしたかなぁ・・・」などと考え込んでしまいました。

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ただ、「戦「戦のように、非常に似た言葉で「渦(うず)」という字を使うケースもあります。広辞苑によりますと。

「戦(せんか)」戦争によるわざわい。戦争の被害。

「戦(せんか)」戦争によって起る混乱。

とあり、「渦(うず)」という字には周りを巻き込んだり、影響を及ぼしたりしながら混乱を引き起こすようなイメージがあるのかと思います。

ですので、「コロナ渦(うず)」も全然ダメな間違いではないのかなと、そのお取引先の方を一応は弁護したいと思います・・・(^^)

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とは言っても、この度の「コロナ禍」はやはり「禍」という字を用いるのが適切かと感じます。

で、早速ネット上で「コロナ渦(うず)」と誤って書かれているサイトを探してみましたら、次々に出てきてビックリしました。

 

↓ 某大手新聞社

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↓ 某大手テレビ局系列ニュース

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これ以外にも「コロナ渦(うず)」と記されているサイトはいくらでも見つかります。

さらに「渦(うず)」以外にも誤っていると思われるサイトが見つかりました。

 

↓ 某政党のサイト

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このほかにも、個人のブログで「コロナ鍋」と誤っているサイトも発見しましたが、そのブログ主の方は何らかの障害を抱えているようなので、ここでは紹介しないこととします。

 

さらに「3密」「3としているサイトも驚くほどたくさん見つかりました。

 

↓ 某有力新聞社

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↓ 某政党所属地方議員公式サイト。「蜜」を探してみてください

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ここに紹介したサイトだけでなく、「コロナ渦」「3蜜」と書かれているサイトは無数にあります。まぁ、大手メディアや政党などでさえ間違えることがあると知り、自分のような素人だったらいくら間違えてもいいんだと、免罪符を手に入れたような気分になります。

100日前に死んだ「100日後に死ぬワニ」

明日は「偶数の日」で、ブログを書かない日なので今日(6月27日)書いてしまいます。

明日6月28日は、一時大注目を浴びたあのワニが死んで100日目にあたります。3月20日が「100日後に死ぬワニ」の連載100日目。当日はちょっとした社会現象ともいえるほど注目を浴び、最終話のストーリーや描写から、ワニがどのような最期を迎えたのかがTwitterなどで話題になりました。(最終話で残った謎の部分は映画で明らかになるとのウワサもありますね)

しかし、ワニが最期を迎えた直後に、「追悼ショップ」が大々的にオープンし、ワニの死を商売に結び付けるメンタリティの欠如と短絡的な発想が人々の反感を買ってしまった面がありました。

↓ 当時の「追悼ショップ」。多くの人々がワニを悼みたかったと反発

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↓ 死後すぐに畳みかけるように大量のワニグッズが・・用意周到過ぎとの批判も・・

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大手広告代理店の関与や大手小売店のマーケッティングの方法論まで議論されるまでに至ってしまい人気は下降、大手小売店としてはやや誤算だったのではないかと思います。

 

時期的にも、新型コロナウイルス感染拡大の影響や、3月末の決算期に入り、私はコロナウイルス感染予防対策と期末決算業務だけで精一杯となったため、ワニのことはすっかり忘れていました。そういった方は結構多かったのではないかと思います。

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ところが5月中旬になって、100ワニを思い出させるニュースが飛び込んできました。

↓ 仙台うみの杜水族館の人気者のワニ、5月13日に死んでいた・・・

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私はこのニュースで、あの「100日後に死ぬワニ」を思い出しました。

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明日、「100日後に死ぬワニ」の死後100日目を迎えるのですが、単行本も順調に売れて(5月22日現在累計35万部)いるようですし、絵本としても書籍化されて好評のようでよかったです。(^^)

映画化は進んでいるのか不明ですが、コロナ禍の影響で映画制作が進まない上に、公開もしづらいのかと思います。タイミングがあまりにも悪すぎた・・・。

 

↓ 今も「100日後に死ぬワニ」を検索すると無数の画像が現れます

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この作品のキャラクターの絵柄や独特のフォントの文字は結構気に入っていましたので、この作品や作者のきくちゆうきさんの新たな動きが気になって調べてみました。

著者のきくちゆうきさんのTwitterは153万人を超えるフォロワーがおり高い人気を維持されています。また新たな連載作品「何かを掴んでないとどこかに飛んで行っちゃうアザラシ」をTwitter上に公開しています。

↓ きくちゆうきさんのTwitterで新たな4コママンガ連載中

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この「何かを掴んでないとどこかに飛んで行っちゃうアザラシ」100ワニとは違った魅力や面白さがあります。さまざまな絵柄の作品が描ける上に、さまざまなストーリーの作品を編み出せるきくちゆうきさんの才能の奥深さを感じます。この新たな作品にも注目して参りたいと思います。

週刊朝日の「似顔絵塾」に元気づけられました・・・・

4日前(6月21日)投稿の記事、「今の勤め先、勤続20年表彰+10万円ゲットまであと3か月」を読んでくださった方から、記事が長すぎて疲れるとのご指摘がありました。

数えてみましたら、その記事の文字数は2800字を超えていましたので、これは400字詰原稿用紙で7枚以上に相当します。確かにご指摘の通りですので、1回の記事の文字数は1000字くらいにしたいと考えます。

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さて、私が小学校に入学した昭和45年の日本人男性の平均寿命は69.31才で、その翌年が70.17才で、初めて70才を超えたのですが、小学校1年~2年の私は、当時から、人間(男性)はだいたい70才くらいで死んじゃうんだな・・・、などと考えていまして、たしか小学校5年の夏休みだったかと思いますが、自身の生涯を野球のイニングに例えてみたことがあります。

人生が約70年ですので・・・

1回オモテ: 0~3才     1回ウラ: 4~7才

2回オモテ: 8~11才    2回ウラ: 12~15才

3回オモテ: 16~19才   3回ウラ: 20~23才

4回オモテ: 24~27才   4回ウラ: 28~31才

5回オモテ: 32~35才   5回ウラ: 36~39才

6回オモテ: 40~43才   6回ウラ: 44~47才

7回オモテ: 48~51才   7回ウラ: 52~55才

8回オモテ: 56~59才   8回ウラ: 60~63才

9回オモテ: 64~67才   9回ウラ: 68~71才

 

こんなようなことを考えていたことを思い出しました。

72才以降は当時の平均寿命を上回るので、10回、11回、12回・・・と延長戦に相当するものと考えていました。

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この野球のイニングにあてはめますと、先月57才になった私は、8回オモテで1アウトってところかと思います。実際には一昨年の統計では日本人男性の平均寿命は81.25才ですので、45年くらい前に考案したこのイニングと年齢の相関表は見直さなければならないのですが、子どものころに考えた事柄はいつまでも記憶に残っていますので、折にふれて、「あぁ、もう人生も終盤、8回オモテかぁ・・・」などと考えることが多くなりました。

ところが、最近購読した週刊朝日に連載されている「似顔絵塾」を見ていましたら、あることに気づき、大いに元気づけられました。

↓ 週刊朝日「似顔絵塾」。上が3月20日号、下が6月12日号

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見事な似顔絵、ユニークな似顔絵、芸術的な似顔絵、工夫が施された似顔絵など、どの作品も素晴らしいのですが、驚くべきはその似顔絵を描いた方々の年齢。

3月20日号21作品の平均年齢62.5才(最高齢85、最年少42)

6月12日号21作品の平均年齢67.6才(最高齢88、最年少42、80代が5名)

私なんかよりはるかに年配の方が見事な作品を披露しています。80才を超えた方の作品も珍しくありません。ここに掲載されている方々は、日々似顔絵の技量を高めようと努力を重ね、よい作品を創り出すべく知恵を絞っていらっしゃるのだと思います。

まだ57才の私が、8回オモテで人生の終盤だとか、晩年だとか言ってたら、この似顔絵塾の方々に笑われてしまいます。見事な似顔絵を堪能しながら、元気づけられもしました。

あ、1300字。予定をやや超えてしまいました・・・(^^)

予想を裏切り大いに期待に応える「3200円のラジオ」

放送受信を趣味とする人々のブログを読む機会が多いのですが、聞いたことが無いラジオが、複数の方々のブログで非常に高い評価を得ていますので、気になって買ってみました。(それほど期待はしていませんでした)

到着したのは昨日(6月22日)でした。

↓ ELPA(朝日電器) AM/FM高感度ラジオ ER-C56F

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まだ夕方6時過ぎ、765kHzの山梨放送受信中。

AMとFMのみのDSP(デジタル信号処理プロセッサー)方式のラジオ。聞いたことの無いメーカー、聞いたことの無い機種。実売価格3200円のラジオ、全く期待はしていませんでした。

昭和50年ころから40年以上にわたって放送受信やアマチュア無線を続けてきまして、それなりの高性能ラジオや通信型受信機、アマチュア無線機などを使ってきましたので、この3200円のラジオが一部の放送受信愛好者の高い評価を受けているのは、たまたま何らかの好条件が重なって、偶然よい受信結果が出ただけだろう・・・、などと高をくくっていました。

3200円くらいなら、期待外れに終わっても腹は立ちません。早速試してみました。

↓ 室内でこのようなループアンテナをつないでみます。

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↓ まだ夕方6時過ぎ、765kHzの山梨放送は意外にも良好に入感します。

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この木製のワニがループアンテナとラジオを結合させるカプラーです。ただ単にラジオに載せているだけです。あ、念のために申し上げますと、自宅(受信地)は埼玉県東部です。ディスプレイの右上のSメーターが振り切れています。大変良好に受信できます。

↓ 岡山県山陽放送も良好に受信できます。

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背後に見えるアマチュア無線機よりも3200円ラジオのほうがはるかに良好に山陽放送を受信しています。背後のアマチュア無線機は13万円くらいでしたので、価格差は約40倍です。

↓ 高松市にある西日本放送も良好に受信できています。

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背後のアマチュア無線機よりもはるかに良好に受信できています。3200円のラジオ、大きく予想を裏切り期待に応えています。ここまで受信してみて、受信感度、選択度、混変調に対する強さ、いずれも申し分なく、大変に気に入りました。

まだ夕方6時台で中国地方や四国地方の放送局を良好に受信できますので、夜8時台から深夜にかけてはもっと大きな成果が期待できます。

ただ、今日は、将棋の王位戦挑戦者決定戦もありますので、ラジオ受信はここまで。

↓ ラジオ受信を中断して将棋観戦。忙しいですね(^^)

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↓ 19時53分 藤井七段が勝ち、王位戦七番勝負の挑戦権を得ました\(^o^)/

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将棋観戦が終わって、またラジオ放送受信。

↓ 愛媛県松山市南海放送を良好に受信

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やはり3200円のラジオがアマチュア無線機を上回っています。なんだか不思議な感覚です。

↓ 徳島市にある四国放送もバッチリ聴こえます。

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ラジオではなくループアンテナが優れているんだろうと考える方もいらっしゃると思いますが、他の高性能ラジオやアマチュア無線機にこのループアンテナをつないでも、この3200円のラジオには全くかないません。3200円ラジオ圧勝です。こんなこともあるんですね・・・。

深夜になりましたら、海外の中波放送の受信を試してみたいと思いますが、この3200円ラジオでしたら期待に応えてくれることは間違いありません。

FM放送受信も大いに期待できそうですので、週末に高い建物に上って受信性能を試してみます。

中波,FM、ともにこの3200円のラジオでの受信の成果をいずれこのブログで報告します。3200円のラジオが予想外の大活躍で、僅か2日でメイン受信機の座を奪いつつあります。今も狐につままれているようです。

今の勤め先、勤続20年表彰+10万円ゲットまであと3か月

先週の3回の投稿(6月15日、6月17日、6月19日)は、手許にある官製はがき(郵政はがき)を写真撮影して貼り付けて、少しコメントを書くだけの投稿でした。ある意味手抜き投稿なのですが、多くの方々から反響があり嬉しく感じた次第です。

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さて、今日の投稿は750回目の投稿です。

2018年3月11日からブログ投稿を始めて今日で834日目。昨年の暮れまではほぼ毎日投稿していましたが、今年の正月に左の肩や腕、後頭部に鈍痛を感じるようになったため、今年に入ってからは奇数の日(1日、3日、5日・・・・・・27日、29日、31日)のみの投稿に縮小しています。

おかげさまで肩、腕、後頭部の鈍痛は消え、現在は全く症状はありません。

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ブログを始めて1~2か月の間は、知り合いやお取引先の方に「ブログやってます。読んでみてください」と伝えたいとは思っても、投稿数が少ないため、胸を張って「ブログやってます・・・」と言いづらく、投稿数が100になったら「ブログやってます・・・」と言えるかな・・・? などと考えていたことを思い出します。

先週の金曜日にも、とある方に「ブログやってます、これまでに749回記事を書いてます。どうか読んでみてください」とお伝えしましたが、この数字には一定の訴求効果がありそうな気がします。(そう考えるのは私だけかも・・・)

このまま2日に1度のペースで投稿をつづけていきますと、来年(2021年)10月25日が1000回目の投稿になり、大きな節目を迎えることになるはずですが、来年の秋までには、今の勤め先を退職したり、それに伴って転居したりで、投稿を続けられる環境が維持できるかどうかは実際のところ判りません。

 

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これまでにも何度か記事にしましたが、今年の9月20日まで今の勤め先に勤めますと勤続20年の表彰を受けることになります。永年勤続表彰は10年以上で5年ごとに表彰されますが、表彰時に金一封10万円と15日間のリフレッシュ休暇をいただくことができるのは20年勤続表彰だけです。25年勤めても、40年勤めても1円ももらえず、表彰状のみです。

2000年(平成12年)9月の入社時から、この会社には他所にはない独特の雰囲気、因習があり、「どうも馴染めないなぁ・・・」と感じていまして、まさか19年9か月も勤続するとは思いませんでした。

独特の雰囲気、因習があるのは、一族支配の同族会社ですのでこれまで勤めてきた上場会社などとは違うんだ、仕方がない、と考えて我慢に我慢を重ねて19年9か月が経ちました。ここまできたらあと3か月我慢して10万円ゲットします。

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実は昨年の9月19日のブログにもやはり勤続20年表彰を意識した記事を書いていました。どうしても今年の9月20日を意識します。

↓ これです

saitama-dame.hatenablog.com

数年前からこの20年表彰を意識してきましたので、残り3か月となり、一段と嬉しさがこみ上げてきます。

勤め先の会社の雰囲気や因習についてですが、経営一族にお近づきになり、お友だちになって、役員や管理職になりさえすれば、一定の権限が与えられ、職務上の責任は無くなり、遊んでいてもよい貴族のような立場になれます。他社で働いたことがある人ならばすぐにこの会社の因習に気づきます。

業務は従順で素直な部下や後輩に丸投げし、どんなに苦しんでいたも見て見ぬふり。また、問題が発生した案件の稟議書に・・・

「〇〇役員のハンコもついてありますよ」と指摘しても、

「あ、そんなのメクラ判だから、書類の内容なんか読んでない」と言い出す始末。

そんな役員や管理職と仲良くなって、自分も甘い汁を吸おうとする者も増え、就業時間中に堂々と居眠りをする者や、長時間にわたって井戸端会議や雑談をする者、営業と言いながら外出して遊び周っている者が増え続けています。

遊んでいる貴族たちは、業務に直接携わらないことから業務上のミスが発生しないため評価は高く、トントン拍子に昇進昇格していきます。

また、役員や管理職という、部下や後輩を指導育成する立場の者が率先して「あ、あいつバカだから」「あいつは使い物にならない」「オレはあんなヤツの面倒をみない」などと言い出し、せっかく入社してきた若い方々のやる気を削ぐだけでなく、著しく傷つけ、絶望させています。

それだけでなく、「オレはあいつを辞めさせた」と武勇伝のように自慢するものまでいました。

普段仕事や勉強をしていない役員や管理職の人たちには、新しく入った若い方々の能力や長所が見えていない、いや面倒くさいから見ようともしないんです。私には若い方々の優れた面が見えますし、陰に隠れている潜在能力にも気づき、褒めたり励ましたりしていますが、私などは馬齢を重ねているだけの一介のヒラ社員に過ぎません。そんな私が褒めても励ましても、役員や管理職が「お前は使いものにならない」と言えば、それが会社が下した経営判断であり結論になります。有望な若い方々が日に日に自信を失っていくのは見ていてツラいです。

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13年前までは私も役職に就いていましたが、こうした会社の因習を疎ましく感じ、変化をもたらそうと考え、仕事もせずお茶を飲んで雑談ばかりしていたり、就業時間内に長時間女子更衣室に閉じこもって遊んでいるパートタイム職員に注意を促して退職したことが引き金になり役職を剥奪されました。また同じ時期に、衛生管理者の国家資格を得たことで、私が工場の労働安全衛生の分野にまで意見をねじ込んでくると考え、徐々に大きくなりつつある私の発言力を消す目的もあったと感じます。

15年くらい前にも、この会社には珍しい国立一期校の工学部出身の公害防止管理者有資格者で、化学全般に幅広く精通していて私も尊敬していた職員がいましたが、実務能力が高すぎるために、役員や管理職の人たちからひどく敬遠れ、役職を剥奪されていたことがあります。その方も65才定年で退職する際は送別会など一切辞退し、会社に比較的近い所に住んでいるにもかかわらず退職後は一度も職場を訪ねて来ることはありません。

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役員や管理職とお友だちになり貴族のような身分を得るものが増えれば増えるほど、責任感や正義感があり、自分が日々の業務を支えなければならないと考える良識ある職員にばかり負担がのしかかります。ですがそれも限界に達しているように感じます。

私も現状は日々の業務を支える良識派の一人だという自負はあります。次代を担う人材育成もせず貴族のような生活を楽しんでいる役員、管理職に一泡吹かせるべく、私が担当している職務の後任が用意できない状態のタイミングで、業務を支えているつっかえ棒を外してやろう、つまり辞められては困るタイミングであっさり退職してやろうと思っています。ズルイ、汚いやり方だと批判する方もいらっしゃるかもしれませんが、積年の恨みを晴らすのはこれくらいしか方法はありません。もちろん退職後はこの職場には来ることはありません。

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ここ最近、この職場の因習に疑問を感じ、それを正そうとする動きが若い方の中から発生していると聞きました。私とは親子ほど齢が離れている若い方が「この職場はオカシイ」と声を上げたのですが、その勇気を素直に称えたいと感じます。と、同時に、20年もその因習を見逃し、我慢に我慢を重ねてうつ病を発症して心療内科に通ったり、圧制に屈して自らをダメ人間呼ばわりしたり、ブログに恨み節を書いて留飲を下げることしかできなかった自分が卑怯で器の小さい人間に感じてしまいます。何らかの形でその若い方の勇気に報い、支援することはできないものかと、昨日と今日は長考しておりました。

続々・官製はがき(郵政はがき)どこまで記憶に残ってますか?

一昨日(6月17日)の続きです。

一昨日は、昭和26年12月1日に、はがきの料金が2円から5円に改定された時に発売された国会議事堂のデザインの5円はがきまで紹介しました。現在から約70年遡りました。

今日はさらに遡ってみます。このあたりのはがきになりますと、記憶に残っている方は殆どいらっしゃらないと思いますので、駆け足で紹介します。

 

↓ 2円 国会議事堂(青色) 昭和25年6月1日より発売

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昭和25年6月1日から昭和26年11月30日まで、1年半発行されました。このはがきが発行されtるまでは国会議事堂の料額印面部分は紫色でした。刷色のみの変更です。

 

↓ 2円 国会議事堂(紫色) 昭和23年9月10日より発売

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昭和23年7月10日の郵便料金改定(はがき料金50銭→2円)から2か月後に登場しました。

 

↓ 50銭 稲束 昭和22年5月15日より発売

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昭和22年4月1日の郵便料金改定(はがき料金15銭→50銭)から1か月半後に登場しました。

 

↓ 15銭 桜 昭和21年8月25日より発売

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昭和21年7月25日の郵便料金改定(はがき料金5銭→15銭)から1か月後に登場しました。はがきの厚みが感じられなく、やや上質な「わら半紙」のようです。

 

↓ 5銭 桜 昭和21年7月20日より発売

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はがきの料金が5銭になったのは戦時中の昭和20年4月1日ですが、戦時中の楠木正成公の図案から桜の平和的図案に改められました。物資不足のため、回収した古紙を利用した再生紙なのでしょうか、再生紙によく見られる斑点があります。

このはがきが発売されて5日後にはがき料金が15銭に改定されます。もの凄い勢いのインフレに国や政府も追いつかなかったようです。

 

↓ 5銭 楠木正成公 昭和20年12月15日より発売

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戦後の物資不足のためタテ約120mm、ヨコ約74mmにまで小型化されました。厚みが感じられない紙質、印刷の統一性が無く、同時期に発売された5銭はがきを2枚並べてみましたが、かなりの違いがあります。

↓ 現在のはがきに比べてこんなに小さいです

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物資が無く、大変な時代だったのだろうと感じさせられます・・・。

 

↓ 5銭 楠木正成公 昭和20年3月31日より発売

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昭和20年4月1日の郵便料金改定(はがき料金3銭→5銭)に対応したものです。

 

↓ 3銭 楠木正成公 昭和19年5月8日より発売

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昭和19年4月1日の郵便料金改定(はがき料金2銭→3銭)から37日後に登場しました。

 

↓ 2銭 楠木正成公 昭和12年8月1日より発売

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それまでの2銭はがきの図案を替えたものです。

 

↓ 2銭 楠木正成公 昭和12年4月1日より発売

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昭和12年4月1日の郵便料金改定(はがき料金1銭5厘→2銭)に対応したものです。はがきの料金は、明治38年4月1日から38年間もの間、1銭5厘でした。この初代の2銭はがきは4か月間だけ発行され、図案変更になりました。

 

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ここで、戦中戦後のはがきの料金の推移を見てみましょう。

 

昭和12年4月1日~    2銭

昭和19年4月1日~    3銭

昭和20年4月1日~    5銭

昭和21年7月25日~  15銭

昭和22年4月1日~   50銭

昭和23年7月10日~   2円

 

はがきの料金改定日と料金を示しております。新しいデザインのはがきが料金改定日の1か月後だとか2か月後から発売されたケースもありますが、あくまで料金改定日を基準に考えます。

 

5銭最後の日、昭和21年7月24日から、2円になった初日、昭和23年7月10日、までの僅か2年で、はがきの料金は40倍になっています。

もう少し幅を拡げてみますと、2銭最後の日、昭和19年3月31日から、2円になった初日、昭和23年7月10日までの約4年4か月で、はがきの料金は100倍になっています。

終戦後の超絶インフレがいかに凄まじかったかを示しています。

 現在63円のはがきが、令和6年10月に6300円になったらビックリしますよね。

 

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それでは時代をさらに遡っていきます。

 

↓ 1銭5厘 楠木正成公 昭和8年2月15日より発売

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↓ 1銭5厘 楠木正成公 昭和5年8月1日より発売

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全く同じように見える2枚の1銭5厘はがきですが、1か所違いがあります。

↓ 「きは便郵」と「きは便郵」が違います。

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昭和8年2月までは、「はがき」ではなく「はかき」でした。濁点はありませんでした。

 

↓ 1銭5厘 分銅図案 大正14年5月1日より発売

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それまで発売されていた1銭5厘はかきから、「逓信省発行」と「印刷局製造」が無くなりました。

 

↓ 1銭5厘 分銅図案 大正4年10月1日より発売

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これが私の手許にある最も古いはかきです。

 

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戦時中の官製はがきの図案には楠木正成公の図案が使われ続けましたが、当時の皇国史観思想が大きく影響していると思われます。日本の歴史上最大の軍事的天才にして、後醍醐天皇に忠節を尽くし、後醍醐天皇のために命をも捨てた楠木正成公が、戦時中の日本では極めて高く評価され、人気を集めていたのだと思われます。

終戦間際から終戦直後、官製はがきは楠木正成公の図案で、5銭紙幣の図案も楠木正成公でした、

↓ 終戦直後の官製はがきと5銭紙幣のコラボ

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3回にわたって、官製はがき(郵政はがき)の歴史を遡ってみました。いかがでしたでしょうか。お読みいただいたりコメントをお寄せくださったみなさまには心より御礼を申し上げます。

続・官製はがき(郵政はがき)どこまで記憶に残ってますか?

一昨日(6月15日)の続きです。

一昨日は昭和56年4月1日から8年間利用された、鳳凰のデザインの40円はがきまで遡りました。

今日はその前に発行された30円はがきから始めます。

 

↓ 30円 麻布菩薩 昭和56年1月20日より発売

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麻布菩薩=まふぼさつ、と読みます。昭和56年1月20日の郵便料金改定に対応したものですが、このはがきだけは記憶にないと仰る方が多いと思います。

実は、はがきの料金が30円だったのは、昭和56年1月20日から3月31日までの、僅か71日間だけです。

この当時のはがきの料金を解りやすく書きますと・・・

 

20円 昭和51年1月25日~昭和56年1月19日    約5年間

30円 昭和56年1月20日~昭和56年3月31日  僅か71日間

40円 昭和56年4月1日~平成元年3月31日      約8年間

 

で、30円の時期だけが極端に短いんです。ですので、30円はがきの記憶が無い方は多いと思いますが、次に紹介する20円はがきの記憶が残っている方は多いと思います。

関連して、昭和56年用年賀はがきは20円でしたが、翌年(昭和57年用)の年賀はがきは40円に値上がりし、一気に2倍に跳ね上がっています。

 

↓ 20円 駅鈴 昭和51年1月25日より発売

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昭和51年1月25日の郵便料金改定に対応したものです。昭和56年1月19日まで約5年間利用されました。記憶にある方も多いと思います。

 

↓ 10円 土器 昭和47年2月1日より発売

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昭和47年2月1日の郵便料金改定に対応したものです。昭和51年1月24日まで約4年間利用されました。このはがきも記憶に残っている方が多いと思います。この10円はがきは私も記憶に残っています。

 

↓ 7円 飛天 昭和44年10月1日より発売

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「飛天」のデザインの7円はがきは3種類発行され、このデザインは最後に発行されたものです。宛先にも差出人にも郵便番号枠があります。私の持つ最も古い官製はがきの記憶はここまでです。このデザインの7円はがきは昭和44年10月1日から昭和47年1月31日までの約2年4か月発行されました。

 

 

↓ 7円 飛天 昭和43年6月1日より発売

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「飛天」のデザインの7円はがき3種類のうち、2番目に発行されたものです。昭和43年7月1日の郵便番号制度の導入1か月前から発売になりました。

宛先の郵便番号枠はありますが、差出人の郵便番号枠はありません。代わりに「~あなたの住所にも郵便番号を~」のメッセージが添えられており、郵便番号制度の定着を図ろうとしています。また「郵便はがき」の文字が緑色です。このデザインの7円はがきは昭和43年6月1日から昭和44年9月30日までの約1年4か月利用されました。

 

↓ 7円 飛天 昭和42年8月1日より発売

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「飛天」のデザインの7円はがき3種類のうち、最初に発行されたのがこのデザインです。郵便番号制度がまだ無かった当時のものです。昭和42年8月1日から昭和43年5月31日までの10か月間しか利用されなかったはがきです。(昭和43年6月の1か月間は、7月1日の郵便番号制度開始前なので、郵便番号枠が無いこのタイプのはがきも並行して発売されていたのかどうかは不明です)

 

↓ 7円 夢殿 昭和41年7月1日より発売

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昭和41年7月1日の郵便料金改定に対応したものです。「はがき料金=5円」の時代が15年続きましたが、ここで7円に値上がりしました。この7円の夢殿はがきは昭和41年7月1日から昭和42年7月31日までの1年1か月利用されました。

 

↓ 5円 夢殿 昭和36年8月1日より発売

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はがき料金が長期間5円のためデザインが替わりました。この5円夢殿はがきは昭和36年8月1日から昭和41年6月30日までの4年11か月利用されました。

また、7円はがきになってから今日までの官製はがき(郵政はがき)はタテ148mm、ヨコ100mmですが、この5円夢殿はがきはひと回り小さいサイズで、タテ140mm、ヨコ90mmです。

↓ 写真で見比べてみます

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ひと回り小さいのが判ります。

 

↓ 5円 国会議事堂 昭和29年6月21日より発売

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はがきの料金が5円になったのは、昭和26年12月1日で、この国会議事堂5円はがきは2代目の5円はがきです。初代5円はがきの料金表示から「銭(せん)」の単位を削除しました。それまでは「5円00銭」だったのが、このはがきから「5円」になりました。この5円はがきは昭和29年6月21日から昭和36年7月31日までの7年1か月利用されました。

 

↓ 5円00銭 国会議事堂 昭和26年12月1日より発売

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昭和26年11月1日の郵便料金改定に対応したものですが、はがきの料金が従来の2円から5円に改定されたのが11月1日。この5円00銭はがきは1か月遅れて12月1日より発売となりました。しかも、差額の3円分の切手を加貼したくても切手が不足しており、郵便局で値上げ前の2円はがきに差額の3円の収納印を押印して対応していたようです。この5円00銭はがきは、昭和26年12月1日から昭和29年6月20日までの約2年7か月利用されました。

 

いかがでしたでしょうか、官製はがき(郵政はがき)の歴史を約70年遡りました。ここまで遡りますとご自身ではがきを書いた記憶ではなく、家に置いてあったはがきを見たことがあるといったところではないかと思います。

明後日(6月19日)はさらにここから36年遡ります。戦後の約2年間ではがきの料金が5銭から2円に、一気に40倍も駆け上がる超絶インフレの様子や、戦争による資材不足のため極端に小さいサイズになったはがきをご覧いただきたいと思います。明後日もご覧くださると嬉しいです。