埼玉在住中小企業勤務ダメ人間の思うところ・・・

日頃言いたくても言えないことを吐露します。不愉快に感じる方は読まないでください。

あと3日勤めると勤め人32年目が終わります・・・・・

標題の通りです。今週の残り3日間勤めますと、昭和62年4月1日から始まった勤め人生活の32年目が終わり、来週の月曜日からは33年目に入ります。

「昭和」で2年弱、「平成」で30年余り勤め人をやりまして、5月からは3つ目の元号で勤め人をやることになります。

内向的でやや自閉症の傾向があり、子どものころから人と接するのが不得意だった私は、勤め人になる際に、自身のこの性格では長期にわたる勤め人生活はできないだろうと分析していました。当時は年金受給資格を得るには25年勤める必要がありましたが、「25年勤めるなんて無理無理・・・」と思っていましたし、「世間の多くの人々は悩んだり苦しんだりしないで毎日自然体で勤め人をやっているが、どうしてこんなことができるんだろう・・・」と不思議でなりませんでした。

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実際、勤め始めてすぐに、職場に通うのが「ものすごく辛く苦しい」と思うようになりました。今もその状況に変わりはありません。毎日毎朝、本当に辛いです。

そんな状態で勤め人を32年やり、33年目を迎えることができるのは自分でも信じられません。この32年間、常に勤め人を辞めることばかり考えていましたし、早期リタイヤを目指して、2人の子どもには10年以上前から、大学進学を勧めないで、「高校か専門学校を出たら公務員として働いてもらおう」と考えていました。ほとんどの家庭では親は子どもに大学進学を期待しますが、私は逆で、「子どもに大学なんかに進学されたら私がいつまでも働いて学費を稼がなければならなくなる」ことから、大学進学を勧めませんでした。その代わりに公務員試験突破のための学力の下地を築く小学校~中学校のころから家庭学習の支援は熱心に続けました。もちろん公務員試験合格そして任用に至るまでの支援もできる限りのことをやったという自負はあります。

来週から長男は国家公務員4年目に、娘も地方公務員2年目になります。子どもの学費負担が無いだけでなく、世帯年収が2倍以上になりましたので、ここでしっかり蓄えを作って早期にリタイヤしてしまおうと考えています。

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32年前の4月1日付でいただいた辞令をアップします。この日からツライ勤め人生活が始まりました。

↓ これです

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32年も前のもので、しかもこの会社はすでに消滅してしまっているので、こうしてアップしてもいいかな、と思います。

今では名も無い中小企業で冴えないダメ事務員として工場を這いずり回る惨めな中高年ブルーカラーワーカーになってしまいましたが、かつては大手銀行に所属していたことがあります。短期間であっても、一度は一部上場で都市銀行の一角を占める企業に属し、昭和から平成に移る時はこの企業の一員であったという事実が、今の私の心の支えになっています。