埼玉在住中小企業勤務ダメ人間の思うところ・・・

日頃言いたくても言えないことを吐露します。不愉快に感じる方は読まないでください。

7月29日、戦後アマチュア無線再開の記念日

今日、7月29日は「アマチュア無線の日」です。

太平洋戦争の開戦により活動停止を命じられた我が国のアマチュア無線局(当時は私設無線電信無線電話実験局)ですが、GHQによる戦後処理が終盤に入っていた昭和27年7月29日に運用再開が認められ、全国の30局に予備免許が発給されました。

1973(昭和48)年に日本アマチュア無線連盟により、この日(7月29日)を「アマチュア無線の日」と制定し今日に至っています。

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ここからは「戦後アマチュア無線再開」についてかなりマニアックな話題に入ります。

 

まず最初に、戦後初となる予備免許を受けた全国30局の内訳は以下の通りです。

関東 12局(JA1AA~JA1AL)

信越  1局(JA1WA・・・のちにJA0AAに指定替え)

東海  4局(JA2AA~JA2AD)

北陸  1局(JA2WA・・・のちにJA9AAに指定替え)

近畿  6局(JA3AA~JA3AF)

中国  0局

四国  1局(JA5AA)

九州  3局(JA6AA~JA6AC)

東北  0局

北海道 2局(JA8AA~JA8AB)

 

この予備免許が発給される前に、戦後のアマチュア無線技士国家試験(当時は1級と2級のみ)は3回行われています。その合格者数は以下の通りです。

 

                  1級    2級

第1回(昭和26年6月)国家試験   47名   59名

第2回(昭和26年10月)国家試験  27名   48名

第3回(昭和27年2月)国家試験   22名   59名

 

この合格者数のうち、第1回国家試験で2級に合格し、第3回国家試験で1級に合格している方がごく一部にいらっしゃいます。3回行われた国家試験の1級および2級合格者の延べ人数は262名です。

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戦後初の予備免許が昭和27年7月29日に全国30局に発給されたことは、アマチュア無線家の間では比較的広く知れわたっていますが、その30局が1級の有資格者なのか2級なのか、最初の国家試験合格者なのか2回目以降の国家試験合格者なのか、について話題になることは無かったように思います。私自身これまでは、戦後アマチュア無線のパイオニアとなる30局の殆どが第1回国家試験の1級合格者で占められると思っていましたが、実際は違っていました。

 

その内訳は以下の通りです

 

                 1級    2級 

第1回(昭和26年6月)合格者    6局    4局

第2回(昭和26年10月)合格者   6局    5局

第3回(昭和27年2月)合格者    6局    3局

 

第3回の1級合格者のうち2局は第1回の2級にも合格していましたが、第3回1級合格者に含めました。

意外にも、第2回以降の合格者や2級の局が多いことが判りました。

資格の優劣以上に、送受信機器類の製作能力や電波監理局への申請のスピードやアプローチの仕方で差が付いたのではないかと感じます。

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私の手許にあるCQ ham radio誌1952年5月号には、第1回~第3回アマチュア無線技士国家試験全ての合格者が掲載されていますので、さらに詳しい内容が判りますが、個人情報にかかわる話題にもなりますのでここまでの掲載とします。

 

↓ 戦後の第1回~第3回のアマチュア無線技士国家試験全合格者名が載ってます

戦前の私設実験局の免許を受けていて実績のあった方が、万が一にも不合格になることがないよう、安全確実絶対に合格できる2級をあえて受験していたり、当時の様子が手に取るように判る面白い資料です。