埼玉在住中小企業勤務ダメ人間の思うところ・・・

「中小企業の勤め人」に復帰し「浪人」ではなくなりましたので、ブログ名も元通りに戻しました。

7月・8月共に毎日交信、千日連続まであと4日

標題の通り、2年8ケ月にわたってアマチュア無線の運用を毎日継続しております。8月17日に22年間住み続けた住居(社宅)から退去し、600メートルほど離れた中古一戸建て住宅に転居しました。転居の前後は旧宅の無線機器や付属設備、アンテナを取り外して新居で組み立て直すことになりますので、そこで作業を失敗すると連続運用記録は途絶えるのではないかと思いましたが、新居で大急ぎで仮設置したアンテナでもとりあえず国内や近隣諸国はカバーできましたので、FT8を中心に連続交信記録だけは更新しています。

ここで連続交信の要件を今一度確認したいと思います。

① 毎日、日本時間0時00分00秒~23時59分59秒までの24時間以内に

  1局以上の新規のアマチュア局と交信する。(フリーライセンス無線は運用して

  おりませんので対象から外れます)

② 新規のアマチュア局の定義ですが、過去に交信したアマチュア局であっても周

  波数帯や電波形式が過去の交信と異なる、あるいは過去に交信したときと運用

  地が異なる市町村であれば新規のアマチュア局と見做します。(同じ市町村内で

  もPOTAで異なる公園の番号を明確に提示し、その局との過去の交信ではそ

  の公園での交信実績が無ければ有効な新規の交信と考えています)

③ 交信の際に「QSLカードの発行はしない」と宣言したアマチュア局との交信

  は自主的に無効としています。QSLは紙のカードでも電子媒体(eQSLな

  ど)でも有効としています。また長期間待ってもQSLが届かない場合はどの

  ような扱いにするのかは正直申し上げて決めかねていますが、そうしたことに

  ならないよう毎日数局は交信し、1局以上eQSLが届いていることを確認し

  てその日の交信を終えるようにしています。

④ コンテストでの交信は原則有効としています。ただし同一局との重複交信で得

  点が認められない場合は無効。コンテストの参加部門と異なる周波数帯やモー

  ドでの交信はサマリーログシート上でチェックログとして提出した場合は有効

  な交信としています。マラソンコンテストの類で日付が異なればそのコンテス

  トの規約上得点やマルチが認められる場合に限りその交信を有効としますが、

  できる限りそうした交信による日々の記録更新は避けたいと自主規制をしてい

  ます

⑤ WIRES-XやD-STAR、リピータを介した交信でもQSL交換を前提

  とした新規の局との交信であれば、たとえインターネット接続(電波を発射しな

  い交信)であっても有効としています。WIRES-Xで異なるルーム利用でも

  同一局との2回目以降の交信は無効と考えます。

⑥ 国籍不明の局(例:ドネツク共和国のD1DXなど)は無効としています。マル

  タ騎士団や南沙諸島などのようにDXCCで認められているエンティティは

  問題なく有です。

⑦ 記念局で同一のコールサインでも年度が変わって別の局と見なされる場合は

  新規の局として有効と考えます・(例:8J1HAM=昨年のハムフェア記念局

  と今年のハムフェア記念局は別の局としてそれぞれ有効)

⑧ 再割当されたコールサインは旧免許人と現免許人が別人であれば別の局とし

  て扱います。複数のコールサインを持つ人物との交信はそれぞれのコールサ

  インでの交信を有効とします。ただし「移動局の免許状」と「固定局の免許

  状」を同一のコールサインで持つ局が常置場所から運用した場合は一方のみ

  を有効な交信とします。また同一の局が同一周波数、同一モードで送信機だ

  けを替えた場合も新規の交信と認めていません。

⑨ 社団局や記念局はオペレーターが替わっても新規の交信とは考えません。

⑩ 4630KHzの交信は仮にQSL交換をしても新規の交信としては扱いま

  せん。

あくまでマイルールです。連続日数交信記録も自己満足の範疇ですので、ルールは結構いい加減です(^^)ゝ

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それでは開示が遅れていました7月の交信実績の話題に移ります。

7月の31日間のQSLカード交換を伴う交信やコンテストでの有効な交信は224でした。

◎7月の交信状況(周波数・モード)を一覧にしてみました

          CW  FT8  FT  SSB  FM     計

   3.5MHz   1                        1 

     7MHz  27   48                     75

    10MHz   1                        1

    14MHz   5                        5 

    18MHz   1   10                  11

    21MHz   2   21        1         24

    24MHz        4                   4  

    28MHz        1                   1

    50MHz   1         4                   5

   144MHz       33                  33

  430MHz   51   13                  64

   計       89     134    0     1    0      224

不動産購入にかかる売買契約や転居準備多端につきコンテストはほぼ不参加となり、FMはゼロ。唯一のPHONE(SSB)はIARU HF ChampionshipでのJARL-HQ局(8N8HQ)のみです。   

続いて7月にQSOできた記念局や特殊局です。のべ10局とQSOできました。

◎ 7月に交信した記念局・特殊局(交信した日時の順)

・8J1ECL (430/CW)

・8N3HQ (14/CW)

・8N8HQ (7/CW)

・8N8HQ (21/SSB)

・8N1HQ (3.5/CW)

・8N8HQ (21/CW)

・8J1KISTC (144/FT8)

・8J6SWIM/6 (7/FT8)

・8N3N (7/FT8)

・8J1KISTC (7/FT8)

以上が7月の交信実績です。これで31か月連続皆勤賞となりました。

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次いで8月の交信実績です。

8月の31日間のQSLカード交換を伴う交信やコンテストでの有効な交信は122でした。

◎8月の交信状況(周波数・モード)を一覧にしてみました

          CW  FT8  FT  SSB  FM     計

    7MHz       53                     53

   10MHz        4                    4 

   14MHz        1                    1

   24MHz        1                    1

   28MHz        2                    2  

  144MHz   7   26    2    1    3    39

  430MHz  11   10              1    22

   計      18   97    2    1    4      122

8月は転居の準備作業や新居の生活環境整備等で多端となり、しかも連日の猛暑による軽度の熱中症も重なり交信局数は大幅に減少しました。

新居の無線アンテナは今も仮設状態で1.8MHz、3.5MHz、7MHzはオンエアできず、現状での運用は10~430MHzに限られます。転居してすぐに近隣住宅のテレビ・ラジオ等に電波障害を発生させては目も当てられませんので、その点は十分に留意しながら連続運用日数更新を図りたいと思います。年内には1.8MHzから1200MHzまでオンエアできるようにアンテナを整備する予定です。

続いて8月にQSOできた記念局や特殊局です。のべ10局とQSOできました。

◎ 8月に交信した記念局・特殊局(交信した日時の順)

・8N3TK/P (7/FT8)

・8J7WICHI (430/CW)

・8J1ECL (144/SSB)

・8J150CB/1 (7/FT8)

・8J7ARDF/P (7/FT8)

・8J7WICHI/1 (144/FM) ハムフェア会場内

・8J1HAM (144/FM) ハムフェア会場内

・8J1YAC/1 (144/FM) ハムフェア会場内

・8J2TKI/2 (430/FT8)

・8J8HAM (10/FT8)

以上が8月の交信実績です。これで32か月連続皆勤賞となりました。

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2020年12月30日から続く連続運用日数は、今日(9月21日)で996日となりました。予定では9月25日(月曜日)に1000日連続交信に到達します\(^o^)/

「東京都台東区秋葉原」に行ってきました・・・・

3週間も前のことになりますが、8月30日に「東京都台東区秋葉原に行ってきました。

標題にある「東京都台東区秋葉原という回りくどい表現を一目見た瞬間に、今日の投稿の内容が予想できた方や、「あ~、それ知ってます」と仰る方も多いと思います。ですが、もしかしたら知らない方もいらっしゃるかもしれませんので、念のため説明をさせていただこうと思います。

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この日は朝から睡眠時無呼吸症候群の1カ月に1度の専門医による診察を受けた後、JR秋葉原駅から近いところにあるアマチュア無線機器専門店に向かったのですが、あいにく水曜日は定休日で買い物はできませんでした。そのまま帰ろうかと思いましたが、せっかく秋葉原駅で降りたので、北へ300メートルほど歩いて「東京都台東区秋葉原に行ってきました。

↓ 赤枠で囲んであるところ「東京都台東区秋葉原です

JRや東京メトロつくばエクスプレスが乗り入れている秋葉原駅から北へ300メートルほど歩くと「東京都台東区秋葉原という地名の場所があります。

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国内だけでなく海外からも多くの方々が訪れ、電気街やサブカルチャー関連で賑わいを見せる秋葉原駅周辺のいわゆる「アキバ」「AKIBA」の地名は「東京都千代田区秋葉原」ではありません。(東京都が策定した都心等拠点地区の「秋葉原地区」の範囲には含まれます)

電気街周辺は「東京都千代田区外神田一丁目」、秋葉原UDXは「東京都千代田区外神田四丁目」、秋葉原ワシントンホテル周辺は「東京都千代田区神田佐久間町一丁目」、ヨドバシakibaは「東京都千代田区神田花岡町」と「東京都千代田区神田松永町で、秋葉原駅周辺の賑やかで華やかなエリアで「秋葉原」と名の付く地名のところはありません。

地名が「秋葉原」となるのは、先ほど示した地図で赤枠で囲んだ地域のみです。

↓ 「東京都台東区秋葉原の地図を拡大します

南北およそ110メートル、東西およそ180メートルですので面積は約0.02平方キロメートルですが、その約4割が鉄道の高架下や公園(秋葉原練塀公園)です。この「東京都台東区秋葉原」の周囲をグルリと1周しても600メートル弱ですので徒歩で10分もかからないかと思います。

↓ 「東京都台東区秋葉原4-1」にある秋葉原練塀公園

この「秋葉原」は中小規模のオフィスビルやビジネスホテルが立ち並び、古くからある古紙ダンボールリサイクル会社などもあります。秋葉原駅周辺の賑やかな「秋葉原地区」に比べると人通りも少なく、街の雰囲気は全く違います。

↓ 「東京都台東区秋葉原」の様子。人通りは殆どありません

↓「台東区秋葉原1」の街区表示板。地名の上では「秋葉原の中心地」も人影まばら

↓ 秋葉原練塀公園近くには「秋葉原4」の街区表示板

高架下と歩道の間のわずかな空地には草木が生い茂り、歩道にも人通りは少ないです。

この台東区秋葉原は「秋葉原1」から「秋葉原6」までの6つに分けられており、6つ全ての街区表示版を探してみました。「秋葉原1」から「秋葉原5」までは見つけましたが、「秋葉原6」は残念ながら見つけることができませんでした。

↓ ただし、電柱の巻広告の町名地番表示の「秋葉原6」だけは見つけました

背後に見える道路は蔵前橋通りです。

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さて「東京都台東区秋葉原」ですが、この地名となったのは今から59年前の1964(昭和39)年10月1日のことで、それまで「東京都台東区下谷松永町」と「東京都台東区下谷練塀町」だったこの地域の地名を「東京都台東区秋葉原」に変更したものです。

それに対し、秋葉原駅周辺の「秋葉原地区」は明治時代初期から特に現在の千代田区神田花岡町付近(ヨドバシakiba周辺)を秋葉原と呼んでおり、1890(明治23)年に秋葉原駅が開業(当初は秋葉原貨物取扱所)しています。歴史を遡りますとJR秋葉原駅が74年ほど古くから「秋葉原」を名乗っています。

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秋葉原駅周辺の賑やかで華やかな「秋葉原地区」を訪れたことがある方は多いと思いますが、「秋葉原」という地名を名乗るこの地(東京都台東区秋葉原)を訪れたことのある方は比較的少ないのではないかと思います。秋葉原駅から徒歩3分程度ですので、時にはアキバの喧騒を離れて静かで落ち着いた「東京都台東区秋葉原」をゆったりと歩いてみてはいかがでしょうか。

私は「昭和世代」ではなく「準昭和世代」かな・・・

気が付いたら前回の投稿(8月29日)から半月も経過していました。「まだブログを辞めるつもりはありません」という意思を示すためにも、久しぶりに投稿をさせていただきます。

8月15日付で勤め先を定年退職し無職となりましたが、ブログタイトルがまだ「埼玉在住中小企業勤務ダメ人間の思うところ・・・となっています。新しいブログタイトルをまだ考案してませんでしたので、しばらくは旧タイトルの使用をお赦しください。

このブログを始めたのは2018年3月11日で、当時の私は54才。60才の定年退職を迎えるまでこのブログが存続することなど想定外でしたので、ブログタイトルに「中小企業勤務」を含ませることに躊躇することはありませんでした。

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さて、この8月15日を以って36年間余りに及ぶ「勤め人生活」を終えました。昭和62年3月に学校を卒業し、同年4月1日から「勤め人生活」が始まりました。当時「昭和」はすでに末期ではありましたが、それでも新しい元号「平成」になるまでの約1年9か月は「昭和」の時代に勤め人でしたので、ギリギリ「昭和~平成~令和」の3つの元号で勤め人をしていたことになります。

たまたまタイミングが良くてそうなっただけなんですが、仕事や職場が嫌いな私にとって、「3つの元号の下で長年我慢して働いてきた」ことは私の密かな、そして小さな誇りでもあるんです(^^)ゝ

ここ数年は多くのお取引先の方々から、「昭和の時代にすでに働いていたんですか・・・立派な昭和世代ですね」とのお言葉を頂戴することが幾度もあり、結構嬉しく感じておりました。

頑固で石頭で独りよがりで既得権益を主張する懐古趣味の人々という否定的な側面をも孕む「昭和世代」というワードですが、私は結構お好みのワードです。

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しかし、私個人的には「昭和世代」を名乗るのに多少後ろめたさを感じることがあります。

前述の通り「昭和」の時代に勤め人をやっていたのが僅か1年9か月ということもありますが、それ以上に後ろめたさを感じる理由があります。それは、それぞれの元号の下で生活してきた時間の長さが「平成」>「昭和」>「令和」である点です。やや屁理屈っぽいんですが・・・。

 

私の場合・・・

出生日(昭和38年5月3日)から昭和最終日(昭和64年1月7日)まで・・・・9382日

平成初日(平成元年1月8日)から平成最終日(平成31年4月30日)まで・・11070日

令和初日(令和元年5月1日)から今日(令和5年9月13日)まで・・・・・・1597日

で、これが「昭和世代」を名乗る際に、僅かに後ろめたさを感じる理由です。

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「昭和」>「平成」となる、「真の昭和世代」「正真正銘の昭和世代」の方の出生日を調べてみましたら・・・

昭和33年9月17日生の方でした。この日から昭和最終日までの日数が11071日で、平成の初日から最終日までの日数(11070日)を上回ります。

したがって、出生日が昭和33年9月17日以前の方は「真の昭和世代」「正真正銘の昭和世代」となります。

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とはいえ、私も「昭和」の時代を幼少期から勤め人2年目までの約26年を過ごしてきましたし、さすがに「平成世代」を名乗るのも無理があります。「なんちゃって昭和世代」とか「昭和世代(仮)」などと称するのもイヤなので、「昭和世代」より一歩譲って「準昭和世代」とでもしておきましょうか・・・。

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※なお、今から約21年4か月後(私は81才)の令和27(2045)年1月6日に「令和」は9383日目を迎えますので、各元号の下で私が過ごした日数は「平成」>「令和」>「昭和」となり、「昭和」は3番手に陥落します。

 

※さらにそれの約4年7か月後(私は86才)の令和31(2049)年8月21日に「令和」は11071日目を迎え、各元号の下で私が過ごした日数は「令和」>「平成」>「昭和」となり、「令和」が「平成」を抑えてトップに躍り出ます。

 

※本稿は個人的な考えに基づく屁理屈、創作話に近いものですので「平成>昭和」の方々が胸を張って「昭和世代」を名乗ることを否定したり妨げたりするものではありません。むしろ推奨します。どうか誤解されませんようお願いいたします(^^)

前回投稿から3週間・・・。近況報告いたします

標記の通り、8月7日に投稿(引越し準備作業で昭和後期~平成初期の遺物発見)してからブログを放置しておりました。読者登録をしていただいている方々や、お取引先、日頃より懇意にしてくださる方々を裏切ってばかりで申し訳なく思います。

 

前回投稿の8月7日以降の出来事ですが・・・

8月9日(水曜)・・・・新居のインターネット光回線開通工事

8月10日(木曜)・・・最後の出勤日(主に離職手続)

8月12日(土曜)・・・新居玄関のカギ交換工事

8月13日(日曜)・・・旧宅のインターネット光回線廃止手続

8月15日(火曜)・・・この日を以って退職

8月16日(水曜)・・・旧宅のエアコン取り外し工事 健康保険証返却

8月17日(木曜)・・・引越し作業

8月18日(金曜)・・・新居の洗濯機据付 新居の浄化槽使用開始点検

8月19日(土曜)・・・ハムフェア(東京ビッグサイト)

8月21日(月曜)・・・国民健康保険への切替え手続

8月23日(水曜)・・・新居エアコン取付工事

8月25日(金曜)・・・乗用車の6か月点検 最後の給与振込日

8月26日(土曜)・・・新居が属する地区の自治会加入手続き

8月27日(日曜)・・・旧宅電話回線・インターネット光回線廃止手続

などがあり、これ以外の日やスキマ時間を活用して旧宅の清掃や障子張り、網戸の取替作業、草刈りをし、新居では荷解き作業を行います。勤めていたときより忙しく、休むことができたのは8月19日(土曜)のハムフェアの日だけです。

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今日(8月29日)は、22年3か月居住した旧宅(勤め先の社宅)の明渡しの日。入居したときよりもキレイにして明渡します。永く住んで愛着もありますが、明日以降は立ち入ることはできなくなります。

↓ 主に趣味の無線運用で使用していた部屋。全ての物品を運び出した直後の様子

↓ 長男と娘が22年余り共同で使用していた「子ども部屋」。原状回復しました

窓の外にたくさんのクルマが見えます。旧宅(社宅)の隣地は勤め先の会社の従業員駐車場です。

↓ 庭の草刈りもバッチリ!! 隣宅の庭は生い茂った草で大変なことに・・・

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こんな状態なので、郵便局への「転居届」、退職金(確定拠出年金)請求、雇用保険の求職者給付申請が未済です。旧宅(社宅)の明渡しが済めばこうした手続きに着手できると思います。社宅の退去と住宅購入と定年退職の3つが重なると心身共に重大な負荷がかかることを思い知らされました。新たな勤め先が決まるのはしばらく先になりそうです。

↓ これらが手続未済です。急がなきゃ・・・

あ、それから、8月16日以降は「中小企業勤務」ではなくなりましたのでこのブログのタイトルを替える必要があります。「埼玉在住浅学菲才無気力爺の思うところ・・・」にでもしようかと考えておりますが、もう少しお時間をください。すでに退職してはいますが、今回は従来通りのブログタイトルでご勘弁を・・・(^^)ゝ

引越し準備作業で昭和後期~平成初期の遺物発見

前回の投稿(もし力士になったらどんな四股(しこ)名にしますか?)が7月12日でしたので、すでに26日が経過しています。もうこのブログには誰も期待していないだろうと思います(^^)ゝイヤハヤ・・・

酷暑が続く中で毎日毎日新居への引越し準備作業を進めていますが、「まるで図書館の移転作業」と家族から揶揄されるほどの膨大な量の書籍や雑誌類をダンボール箱に詰めて自動車に載せて800メートルほど離れた新居に運搬する作業をひたすら繰り返しています。

加えて、電気、ガス、水道、電話、などの手続きにも奔走し、勤めていた頃よりも多忙です。で、気が付いたら今日は8月7日。引越し作業日まであと10日となりました。時間が足りない・・・。

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先日、大量の書籍や雑誌類をしまい込んでいる部屋の隅から、重さ1.5kgほどの薄汚れた白い小袋が出てきました。その中には昭和後期~平成初期紀の遺物が詰め込まれておりました。

↓ これです

↓ 小袋から出して広げてみます

出てきたのは、テレホンカードやオレンジカードなどのプリペイドカード約600枚。全て使用済でほぼ無価値です。私が新潟から進学のために上京した昭和58(1983)年ころから約20年くらい使用したものを捨てずに無造作に残していたのですが、その存在すらもすっかり忘れていました。

 

↓ 引越し準備作業を一時中断してこのプリペイドカードを種類別に分類します

数が多い順に・・・

テレホンカード(電電公社/NTT)  519枚

オレンジカード(国鉄/JR)      52枚

ハイウェイカード(日本道路公団)     24枚

パスネット(首都圏私鉄等各社)      11枚

メトロカード(営団地下鉄)         2枚

とーぶカード(東武鉄道)          1枚

セブンイレブンカード(JCCK)      1枚

横浜博覧会入場券            1枚

バッティングセンター(南埼玉郡宮代町)    5枚

 

その殆どがテレホンカードでした。携帯電話が広く普及する以前は私も公衆電話をよく利用していましたが、電話料金を少しでも抑えるために金券ショップで500円分のテレホンカードを480円くらいで購入して利用していました。そのためさまざまなデザインのテレホンカードが残っています。

 

↓ 標準的なテレホンカード4種類

↓ 民営化する前、電電公社のカードもありました

↓ 同一のデザインでも「電電公社」と「NTT」の2種類があるカード

テレホンカードの出始めのころは、1000円で1050円(105度数)分とか5000円で5400円(540度数)のようなプレミアは無かったようです。

↓ プロ野球関連のテレホンカード。左下は南海ホークスですね

↓ 大相撲関連のテレホンカード

上段左から 千代の富士 北勝海 旭富士

下段左から 北天佑 朝潮 小錦

↓ オレンジカード 「国鉄」の文字が見えます

↓ セブン-イレブンカード(1989年11月~1995年7月に発行・流通)

このセブン-イレブンカードは、日本カードセンター株式会社(JCCK)が、1989年11月~1995年7月に発行していたのですが、1995年8月からは全国共通カード化し、セブン-イレブン以外のコンビニエンスストアでも利用できるようになりました。その際に名称を「QUOカード」に変更しました。このセブン-イレブンカードは、現在盛んに利用されているQUOカードの前身なんです。使い終わったら普通は捨ててしまうものなので、使用済みでも現存数はそれほど多くはないと思います。

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さて、もう一度テレホンカードの話題に移ります。

↓ なんとこれは、株式会社リクルートコスモス株式公開記念のテレホンカード

このテレホンカードが記念品として配布されたのは1986(昭和61)年10月30日のリクルートコスモス株の店頭公開日の直後だと思われますが、それに先立ち1984(昭和59)年4月から1985(昭和60)年12月にわたり、このリクルートコスモスの未公開株が政治家や官僚に賄賂として譲渡されていたことが後に発覚します。これが当時戦後最大の贈収賄事件と騒がれた「リクルート事件」です。

 

↓ Wikipediaの「リクルート事件」についての解説

 

このテレホンカードも現存数はかなり限られているだろうと思いますが、ヤフオクやメルカリに出品しても売れることはないでしょうね~(^^)  100円(送料込み)くらいなら昭和の犯罪やスキャンダル、事件に興味を持つ方が入札して下さるかも・・・(^^)

もし力士になったらどんな四股(しこ)名にしますか?

この記事は、7月9日に初日を迎えた大相撲名古屋場所の前に投稿する予定でしたが、退職に伴う転居の打ち合わせが多忙となり、ズルズルと遅れてしまいました。

転居の打ち合わせとは・・・、具体的には新居となる物件を斡旋してくださった不動産会社の担当の方や不動産登記をして下さる司法書士の先生、引越し作業を請け負って下さる専門業者の方などとの打ち合わせがあり、加えて新居のインターネット回線やプロパンガスの新規契約なども重なり、働いていた時よりも忙しく飛び回っています。

22年にわたって居住していた社宅ともあと1か月でお別れですが、22年も住み続けていますと膨大な量の物品で溢れかえっており、酷暑の中でそれらの物品を捨てる作業も結構負担になっています。

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さて本題に移ります。

テレビ桟敷での観戦歴が50年を超える大相撲ファンである私は、子どもの頃から「もし力士になったらどんな四股(しこ)名にしようか・・・」と、普通の人が考えもしないことを本気で考えることが多かったように思います。

このようなことを考える人は私の周りにはいませんでしたし、かなりディープな大相撲ファンか相当な変わり者でもなければ「自分自身の四股(しこ)名」など意識することなどないと思います。これをご理解いただける方はこの投稿記事をお読みくださった方の中では3%まではいないだろうと思っています。

 

私が思いつく四股(しこ)名の傾向としては、実際の力士の四股(しこ)名によく見られるる「山」「川」「海」「花」といった字を用いることは少ないですし「琴」「栃」「出羽」「羽黒」といった特定の部屋や一門にで使われている字を使うこともありません。

どちらかといいますと通っていた学校に関係するものや、資格試験などに合格したときにその資格や免許に関連した四股(しこ)名が思い浮かぶことが多かったと思います。

 

記憶に残っている四股(しこ)名をいくつか紹介しますと・・・

大蒲城(だいほじょう)・・・通っていた高校の校歌より

珠錦(しゅにしき)・・・珠算が得意だったことから、「たまにしき」とは読まない

橙錦(とうにしき)・・・通っていた大学のスクールカラーより

拓錦(たくにしき)・・・最初の勤め先の会社名より

公錦(はむにしき)・・・趣味のアマチュア無線(ハム)より。「公」=「ハ」+「ム」

傾向としては「錦」という字を好んで使っています。「錦」はどんな字とも相性がよく、書いても読んでも四股(しこ)名らしくなるのでお気に入りです。

その後、銀行勤務当時にうつを発症して何もかもがイヤになったころには・・・

非錦(ひにしき)、不錦(ふにしき)、無錦(むにしき)、否錦(ひにしき)、拒錦(きょにしき)といった後ろ向きな字を配した四股(しこ)名をポンポンと思い浮かべた記憶があります。

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時は流れて2009年、学生のころに化学が不得意というか大の苦手だった私が3月に「危険物取扱者」、8月に「一般劇物取扱者」と2つの資格を得たことから・・・

毒甲(どくかぶと) という四股(しこ)名を創り出しました。

さらに2012年に「公防止管理者」の資格も得たことから、3つの資格を合せて毒害危(どくがいき)、に改名しようかと思いましたが、毒甲(どくかぶと)の読みのゴロの良さと、墨と筆とで相撲字を書いたときの書きやすさが勝っていましたので、改名はしませんでした。

大相撲の取組前の場内アナウンスで「東方~ 毒甲(どくかぶと)~ 西前頭五枚目~ 新潟県新発田市出身~ 飛車角部屋~」などと紹介されたら最高(^^)v  ※飛車角部屋は架空の相撲部屋デス

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なお、私の体格は小さいほうではありませんがそれほど大きくもなく、非力で虚弱体質でしかも高齢。勝つためには立ち合いの変化、ペテン立ち、猫だまし、とったり、足とり、裾とり、蹴たぐり、蹴かえし、渡し込み、小股掬いなどありとあらゆる手段を講じる必要があります。そんな相撲内容なので、NHK大相撲中継解説の北の富士さんや舞の海さんからは「毒甲はまともな相撲を取らない狡(ずる)いヤツですね。しかも最も理想的な勝ち方が不戦勝と公言していて情けないですよ」と痛烈な批判を受けるかもしれません。(^^)ゝ

ですので先手を打って、狡吉(ずるきち)という名を付け、毒甲狡吉(どくかぶと・ずるきち)にします。もし力士になったらこの四股(しこ)名を名乗りたいと思います。

 

今日の投稿、ほとんどの方には理解不能だったと思います・・・。時々はこのような支離滅裂なことも書いてみたくなりまして・・・。スミマセン(^^)ゝ

5月・6月共に毎日交信、30か月連続皆勤賞

6月19日(月曜日)から有給休暇の消化に入り、2週間が経過しました。退職後の住居探しに奔走した結果、現在の住居から600メートルほど離れた場所にある中古住宅を購入することになりました。

不動産売買契約手続きや引越業者への見積依頼、不要なモノの廃棄や梱包準備、ライフラインの手続の準備など極めて多忙な状態になっています。再就職先探しは後回しにして、転居作業が無事完了するまではそれに専念します。

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それでは開示が遅れていました5月の交信実績の話題に移ります。

5月の31日間のQSLカード交換を伴う交信やコンテストでの有効な交信は304でした。

◎5月の交信状況(周波数・モード)を一覧にしてみました

          CW  FT8  FT  SSB  FM     計

    7MHz  44   79                    123

   18MHz        2                    2

   21MHz   9    9        2          20

   28MHz   7                         7

   50MHz  11      17        3          31

  144MHz  38   22    3   25     2      90

  430MHz   6   10    2         12   30

 1200MHz                        1    1

   計    115   139    5   30    15     304

5月は東京、静岡、オール三重33、JA0-VHF、オール群馬とコンテストにたくさん参加しましたので、FT8以外のモードでも交信局数が増えました。   

続いて5月にQSOできた記念局や特殊局です。5局とQSOできました。

◎ 5月に交信した記念局・特殊局(交信した日時の順)

・8J4FF/4 (7/CW)

・8J6VLP (7/FT8)

・8J4VLP/P (7/FT8)

・8N3TK (7/FT8)

・8J4ROSE (7/FT8)

以上が5月の交信実績です。これで29か月連続皆勤賞となりました。

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次いで6月の交信実績です。

6月の30日間のQSLカード交換を伴う交信やコンテストでの有効な交信は188でした。

◎6月の交信状況(周波数・モード)を一覧にしてみました

          CW  FT8  FT  SSB  FM     計

    7MHz  45   44                     89

   10MHz        1                    1 

   18MHz       22                   22

   21MHz       13                   13

   24MHz       16                   16  

   50MHz           8                    8

  144MHz       31                      31

  430MHz        8                    8

   計     45   143    0    0    0      188

6月の後半は有給休暇の消化期間となり、念願だった平日の昼間にHFハイバンドや50MHzを楽しむことができました。18~50MHzのFT8で59局とQSOできています。

一方で新たな住居探しに時間を費やしたため、1日当たりの運用時間は極めて短くなり交信局数は通常月よりも減少しました。しかもSSBとFMといった電話モードでの交信はゼロ。6月は一度も音声を発しなかったことになります。

続いて6月にQSOできた記念局や特殊局です。のべ7局とQSOできました。

◎ 6月に交信した記念局・特殊局(交信した日時の順)

・JA7RL/P (7/FT8)

・8J7UOA (144/FT8)

・8J7UOA (7/FT8)

・8J88RL (7/FT8)

・8N7G/7 (7/FT8)

・8J6VLP/P (18/FT8)

・8J8HAM (24/FT8)

以上が6月の交信実績です。これで30か月連続皆勤賞となりました。

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転居先の物件の売買契約は済ませたものの、転居作業等で忙しくなるのはこれからです。したがって7月も運用時間は少なくなるものと思われますが、できる範囲で楽しみたいと思います。

また、今日(7月3日)までで、連続日数運用が916日になりました。9月25日(月曜日)まで継続すれば1000日連続運用達成となります。

 

次回の投稿は「もし力士になったらどんな四股(しこ)名にしますか?」名古屋場所の初日までに投稿したいと思います。

気がついたら有給休暇消化が8日目になってました

6月18日(日曜日)に投稿して以来、今日に至るまで投稿を怠ってきまして申し訳なく思います。お取引先のみなさまには・・・

「6月19日以降は有給休暇消化期間になるため出社しません。近況報告はブログに投稿しますのでそちらをお読みください」

・・・などとお知らせしていたのに、無責任にも一度も投稿していませんでした。スミマセン(><)

37日分の有給休暇を退職間際に全て消化するため6月19日(月曜日)から8月9日(水曜日)までず~~~~っと休みなんですが、今日(6月28日)は有給休暇消化の8日目。残る有給休暇は29日です。気づいたらすでに8日も有給休暇を消化しており、休日を合せるとこの12日間は勤め先の会社には行っておりません。

幸いにも会社からの業務上の問い合わせや連絡は一度も入ってきません。業務の引継を付け焼刃、促成栽培ながらそれなりに丁寧に行ってきた効果があったからか、それとも私の担当してきた業務などは、もともとそんなに難しくは無かったか、のどちらかですね。

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では有給休暇消化期間に入ってから今日まで、一体何をして生活をしていたのかといいますと・・・

1.お取引先の方への御礼のメールや電話(御礼状は実はまだ書いてません)

2.社宅退去後に居住する物件探し

3.これまでできなかった平日の昼間の無線運用(特に18MHz~50MHz)を満喫

この3つです。

特に退職に伴う社宅退去後に居住する物件探しにはかなりの時間を投入しています。60才になりますと住宅ローンを利用することは難しくなりますし、私自身もこの齢になって借金など抱えたくはないので、手許にある僅かな現金で即支払える程度の金額の住宅物件を探しますので新築物件には手が届かず、中古住宅を中心に探すか、賃借物件から手頃な物件を選ぶことになります。

この住宅探し、予定では7月9日(日曜日)までに決めることになっていますのでそろそろ結論を出そうと思います。7月10日(月曜日)から7月28日(金曜日)までは新たな勤め先を探す予定が控えています。

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さて昨秋からの私、放っておくとブログ投稿を怠るクセが定着していますので、明日以降の投稿予定を挙げます。

 

「5月も毎日交信、29か月連続皆勤賞」

「6月も毎日交信、30か月連続皆勤賞」

「娘から贈られた還暦祝いの品が嬉しくて(^^)」

「休刊となった週刊朝日最終号を読む・・・」

「知らなかった、東京モノレールって・・・」

市ケ谷駅 と 市ヶ谷駅 どっちが正しい?」

「もし力士になったらどんな四股(しこ)名にしますか?」

 

引越し先と新たな就職先を早く決めて、ブログ投稿頻度を高めたいです(^^)

6月16日午後5時を以て担当職務は終了です

予定通り、6月16日(金曜日)午後5時を以て、現在の職場での担当職務を全て終えました。

最後に舞い込んできた調査依頼は最終出勤日の午前11時半ごろ、「37年前に納めた製品のボルト20本の取替交換に際し、当時の図面からボルトの径や長さ、材質等を調べてすぐにボルトを用意してほしい」というものでした。

37年前に描かれた図面には、現在と違って使用ボルトについての詳細な情報が記されておらず、ボルトの径も長さも材質も不明。

当時の製品についての資料を書庫から引っ張り出して部品類の詳細について調査すれば判明するかと思いますが、この日は私にとっては最終出勤日。しかも午後からはお取引先の方々が多数来訪されることになっているためお手上げです。

仕方なく、その調査を依頼してきた東京営業部の職員に対しては・・・

「その37年前の製品に使用されているボルトは、径が22ミリで長さが85ミリの六角半ねじボルト。材質はSS400(鉄)で表面処理はユニクロメッキではないかと考えられますが、詳細な資料が見当たらないため絶対の自信はありません。時間に余裕があれば37年前の資料を書庫から探し出してきたいのですが、今日は私の最終出勤日で残された時間は4時間しかありません。これだけ古い資料になりますとそれを探し当てることはできるのはごく一部の限られた職員だけで、それがいつになるのかわかりません。ですので貴方には、①その製品が設置してある現地に貴職が出向くか、製品の持ち主のお客さまに依頼してボルトの径や長さを実測してもらい、その結果に基づいてボルトの発注依頼を出す。②イチかバチか径22ミリ長さ85ミリのSS400ユニクロメッキの六角半ねじボルトを調達してお客さまに送付する。この2つの選択肢のどちらかをお選びいただくことになります。どちらを選択するにしても、私はあと4時間でこの会社からいなくなりますので、後任の者に依頼してください。」

と伝えました。

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この日の午後5時、私が使ってきた机と椅子も私の退職で主を失うことになり、その役割を終えることになりましたので事務所から廊下に運び出しました。最後に私物(実務電卓、関数電卓、定規や文具など)を肩掛けカバンに詰め込んで、普段と同じように退室帰宅しました。担当職務を全うし全ての責任から解放されたのだから、帰宅する際の足取りは軽やかに感じるのではないか、と予想していましたが、実際には普段と全く変わらず、何ら特別な感情は湧いてきませんでした。あぁ、こんなもんなんですね・・・。

 

6月17日(土曜日)は約2か月に及ぶ連休の初日。今日から精力的にブログ投稿やブログコメントへの返信をすすめたり、庭の草刈り、転居準備で書籍のダンボール詰め作業をバリバリやろうと計画していましたが、思うように進まず、最終出勤日のことを記したこの記事の投稿も6月18日(日曜日)にずれ込んでしまいました。今日(6月18日・日曜日)からはテキパキと動いてブログのコメント返信や無線のQSLカード発行の遅延解消に取り組み、早期に転居先検討と新たな仕事探しに着手したいと考えます。

実質最終出勤日の朝を迎えて・・・・・

ここ数日ぐずついた天気が続いていましたが、今日は青空快晴。気分よく出社できます。

今日は実質的には最終出勤日。今の勤め先の会社で約22年9カ月勤めてきましたが、私に残されているのは8時間です。この8時間で諸々の案件をすべて解決するか、周囲の人々に未解決案件の引受けをお願いするしかありません。最終日の今日であってもそれなりに忙しくなります。

今日も多くのお取引先の方々が来訪されることになっています。社内の人々は来週から私がいなくなることについてそれほど意識していないのに対し、お取引先の方々が大騒ぎしてくださるので、やや意外な印象を受けます。

今月に入り多くのお取引先の方々が訪ねて来られましたが、私から十分な御礼を申し上げることができていないので、後ろめたさを感じます。週明けから御礼状など書き始めますのでそれまでどうかご容赦いただければありがたいです。

またブログ上でもコメントやメッセージを賜りまして嬉しく拝読いたしておりますが、返信が遅れていまして申し訳なく思っております。週明けの有給休暇消化日になりましたら返信させていただきたく存じますのでお赦し願います。

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↓ 今日からの退職スケジュール

8月10日の最終出勤日は学生の卒業式のようなセレモニーの日で仕事をする日ではないので、今日が実質最終出勤日です。

この先も勤労意欲そのものはありますが、どの事業所でも60才を超えた私の雇用形態は「アルバイト」かそれに近い待遇で責任範囲が限られている立場になると思いますので、「正社員」で「ある程度の責任のある立場」は今日が最後です。一定の責任から解放されるのは本当に嬉しいことです。

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残された時間は8時間。今日もいつも通り出社し、いつも通り業務を捌いて、いつも通り帰ってくることになります。今日トラブル案件に巻き込まれますと気分よく有給休暇消化期間を迎えることができなくなりますので、今日だけはトラブル案件が発生しないよう祈るのみです。